第490話「謎の匂いと新しい下着」
夕食の席では、巨大ムカデの捕獲大作戦をやるかやらないかでわりと揉めた。
「筒の先に紐かワイヤーで輪を作って、蛇の首を絞めて捕まえる道具あるだろ。ああいうのじゃダメなのか?」
「蛇と違って触角や足が邪魔しますからね。現地の人に聞いたんですけど、頭の節を両手で掴んで根比べするらしいですよ。駆除するときは鍬で首を刎ねるんですけど」
ユナは分かりやすいように、指で輪っかを作りながら説明する。
想像しただけでも気持ちが悪い。
少なくともメシ食ってるときにする話じゃないな。
「そもそもだ、エミリアが浮遊の魔法か何かで巨大ムカデを宙に浮かせばいいだけの話だろ? 虫なら魔法抵抗もあまりないと思うし、格闘するより簡単だと思うんだけどな」
「いえ、あれはちょっと無理です……」
ホント、自分じゃやらんのよな。
ここで話が堂々巡りになるんだよなあ。
「あのね、浮遊の魔法を使うと、宙に浮かせている対象の感触が伝わるの。術者の体に。実際には触ってなくても、触っている感触があるのよ」
浮遊の魔法について、ティナが補足した。
そういうことか。
なるほどな。
それで頑なに嫌がっていたのか。
「だったらなおさらエミリアがやればいい。感触が伝わるだけだろ? サキさんにリアルファイトさせるよりも安全じゃないか」
「無理無理、絶対に無理ですーぅ! あの感触がした時点で魔法の集中が途切れてしまいます! だったらティナさんがやってください!!」
「はぁ? どうして私に振るのよ!?」
ティナさんもブチギレです。
ていうか、そんなに怖い虫の卵を、よく食べようだなんて思えるよな。
やはりグルメ脳は理解できん……。
「巨大ムカデは別として、明日はみんなでダレンシア王国に行きませんか? これだけ吹雪いていると何も出来ませんから、いい暇つぶしになりますよ」
ティナの機嫌が悪くなるのを察知したユナが話題を変える。
「ちょうど良い。精霊魔法のテストも兼ねて、ダレンシアの大地を踏んでやるか」
「お知り合いのエルフから精霊魔法を使ったとは聞いていましたが、本当に精霊魔法が使えるんですね」
移り身の早いエミリアは、さっそく精霊魔法の話に飛びついてきた。
エミリアにはまだ詳しく話していなかったな。
魔法の矢の失敗もあるし、イレギュラーな事案でもエミリアにだけは話しておくか……。
俺はエミリアに、精霊魔法の事や、エルフの森での出来事を話した。
途中で意識を失ったので、里の中の話まではできなかったが。
「偽りの指輪が精霊を捕らえていたのだとしたら、無意識のうちに精霊を行使する土台が出来上がっていたのかも知れませんね。どちらにせよ、既に調べることは出来ませんから、今は現状を受け入れるしかないと思います」
「あの、後天的に精霊術師の才能に目覚めることってあるんですか?」
「精霊術の源となる精霊は、術者自身の力ではありませんから、何かの拍子で使えるようになっても不思議ではありませんね」
魔術学院自体、精霊魔法に関してはあまり調査が進んでいない分野だからな。
いつもの調子で質問されても困るだろう。
「専門家がいない状況だ。慎重に経験を積み重ねるしかないだろうな」
今日の話はここでおしまい!
エミリアが帰ったあと、俺たちは夕食の後片付けをしてから風呂に入った。
何事もなく三人並んで湯船に浸かるのも久しぶりだ。
「やっぱりミナトさんからいい匂いがしますね」
そう言ってユナは、俺の体を嗅ぎはじめた。
「体を洗ってすぐには、この甘い匂いはしなかったんですけど……」
「ほんとね。匂いが落ちなくなったのかしら……」
ティナも一緒に匂いを嗅ぎはじめた。
俺も何だか気になって、自分の腕を嗅いでみる。
「……いや、特に匂いはしないと思うけど」
自分の匂いだから慣れてしまったのか?
「しますよ。甘くてずっと嗅いでいたい感じの……いい……匂いなんです……」
ユナは容赦なく体を密着させると、まるで自分の体に匂いを移さんとばかりに全身をこすり付けてきた。
「ユナ? ちょっとユナ!?」
「なーんでーすかぁー」
ユナの唇が俺の首筋に吸い付いたところで、堪らず俺はユナを引き剥がした。
「これ、正気じゃないわ!」
ティナはユナの目の前で手を振って見せるが、ユナの目は虚ろなまま反応を示さない。
「ユナ? ユナ? 揺すっても起きんか?」
俺はダメ元で、ユナのおでこに本気のデコピンを放つ。
「いったーーいっ!!」
バチンという威勢の良い音と同時に、ユナの声が大きく響いた。
「戻ってきたか? のぼせた訳じゃないよな?」
「いたたた……。デコピン? なんで? どうしたんですか?」
ユナはあからさまに不満そうな目を向ける。
もしかして記憶がないのか?
「ユナ、良く聞いて──」
俺に変わって、ティナが事情を話す。
「え? いくら私でもそこまではしないです……」
ティナの説明を聞いていたユナは、次第に顔を赤らめてうずくまった。
「そう言えば途中から意識が曖昧に……」
「まさかとは思うが、俺から出てる甘い匂いのせいか?」
この匂いの原因は、エルフの森の大樹から受けた影響で間違いない。
しかし、その影響力までは想像だにしていなかった。
あまり考えたくないが、この匂いを嗅いでいると、記憶が飛んだり意識を無くしたりするのか?
なんというか、一種の薬物的な……。
「ちょっと、それなら私も実験してみるわよ」
「え? 今から? じゃあユナ、少し離れて見ててくれ」
「は、はい……」
ユナはささっと離れて、俺とティナに注目する。
「この匂いを嗅ぎ続けると、どうなるかの実験ね?」
「うん……」
ティナは真正面からきて、俺の首に腕を回した。
俺も自然とティナの体を引き寄せるように、両腕を腰に回す。
『…………………………………………………………』
静まり返った浴槽の中で、ティナの鼓動だけが伝わってくる……。
「ど、どんな感じですか?」
「うーん……」
ティナはいつになく、歯切れの悪い返答。
「少し動きながらじゃないとダメなのかしら?」
ティナはユナがやったのと同じように動いてみたが、特に異変は起きなかった。
「ずっと嗅いでいたくなる不思議な匂いはするけど……」
結局、ティナがユナのように正気を失うことはなかった。
個人差があるのかな?
「自分では匂わなくなったけど、一体どんな匂いなんだ?」
「ちょっと例えが思い付かないですね。香水とは違いますし。お菓子でもないですし……」
「子供の頃に買った消しゴムの匂いがするわ」
いや待て。
消しゴムの匂いなんて普通は嗅がないだろう……。
とりあえず風呂から出た俺たちは、サキさんの居ない広間を通って部屋に戻る。
「今日買ったの乾いてるな。ティナのも大丈夫そうだ」
「あら、ありがとう」
「ミゼルさんと会うついでに下着も買ってきたんですね」
「うん。サイズも合わなくなってきたし、山の中で相当無くしたからな……」
さっそく俺は新しい下着を試す。
鏡で見たい気持ちを抑えて、するりと足を通せば、真新しい生地の張りが太ももに伝わる。
最初は普段よりも強めに引き上げて、フィット感を確かめてみたり……。
いくらデザインが可愛くても、当たりが悪くてチクチクする下着もあるからな。
「あ。これいい。また色違いの買いに行こう」
ブラの方も試してみる。
カップは気持ち余裕があるけど、これは計算済み。
下から横から寄せ集めて丁度いい感じになってくれる。
「結局ミナトさんに置いて行かれた感じですねー」
半年前は殆ど同じサイズだったユナが溜め息をこぼす。
流石に一サイズ違えば、見た目も結構変わってくるものだな。
「………………」
俺とユナがサイズの話を始めると、ティナはさっさとネグリジェに着替えた。
やっぱり気にしているのか……。
ティナの新しい下着も見たかったのに、そんなことを言える空気じゃない。
少し残念だった。