第488話「フェアリーケープ再び②」
今日はミゼルさんから受けた依頼の、その後についての話をしに来たのだが、店の外はこの冬一番の猛吹雪。
こんな状況ではお客さんなど来るはずもなく、俺たちは半ば談笑混じりの緩い時間を過ごすこととなった。
「おかげさまでエルフの里からも素材が届くようになりました。報酬としては少ないのですが、まずは銀貨2000枚をお渡ししますわ」
結果的には外界から隔離されたエルフの里を救ったわけだが、仕事中に意識を無くしてそれっきりだったことを考えると、満額貰うのは少々気が引ける。
ミゼルさんの方は、俺とは真逆の考えのようだが……。
「報酬とは別に里の長老から預かっていた物です」
ミゼルさんは、俺に小さな涙型のドロップを手渡してくれた。
水晶のような手触りだが、ドロップの内側では微かに虹色の光を反射させている。
「きれいな石ね。魔霊石と似ているわ」
「これは『精霊の雫』と言いますのよ。エルフ族の中には生まれつき精霊と深く共鳴し過ぎる子供が現れます。そんなときにこの宝石を身に付けておけば、自分が行使する精霊の強さを見て測れるんです」
精霊魔法を使うさい、精霊との繋がりの強さによって色と光の強さが変わるらしい。
ちなみにどう変わるとヤバいのかは個人差によるものなので、独学でやるつもりなら慎重に見極めていくようにと忠告された。
手探りの実験が多い俺たちにはありがたい道具だ。
ちなみにこれは魔道具ではないらしいな。
まあ、魔術師とは無縁の里から貰った物だし当然のことか。
「折角だから下着を買っていこう。結構ダメにしたし、最近特にブラのサイズが合わなくなってきたんだよな」
「そう……。私もいくつか買って帰るわ」
俺とティナは思い思いの下着を選んでから、カウンターに持って行く。
ブラのサイズは今までよりも一つ大きなもの。
胸のサイズが一つ変わるのって、表立って顔には出さないものの、心の中ではにやけてしまう自分がいる。
次は胸元が目立つ服を着てみたいとか、あれこれと考えてしまうのだ。
ただ、大きくなって嬉しい反面、ブラジャーの買い直しは結構痛い出費になる。
サイズアップしたからと言って、全部買い直しという訳ではないんだが。
今は財布にも余裕があるので楽しい。
これがもしカツカツだったら、正直ウンザリしそうだけどな。
さて、話が済んで買い物も済ませたし、そろそろ帰りたいところではあるが──。
「弱まりそうにないですわね」
外は猛吹雪。
雪だけならまだ良いが、それなりに風も強い。
王都の入り組んだ裏道を通って行けば、帰れないこともないと思うが……。
「この時期はいつもこうなの?」
「毎年、その年で一番の大雪が、冬の終わりを知らせるんです。今年は少し早いですわね」
「油断してると第二弾があるかもしれないな……」
さて、どうしたものか。
ミゼルさんも帰るに帰れないので、今日は洋裁の作業をするそうだ。
「丁度良いじゃない。テレポートで帰るわよ」
一度に使える魔力が減っていると言う話だったが、大丈夫か?
「なら、少し刻んで帰りましょう。この調子だとサキさんも立往生しているだろうし、まずはナカミチの工房前に飛ぶわよ」
ここで待っていても雪は止みそうにない。
この場はティナに任せよう。
俺はミゼルさんと別れのあいさつを済ませて、ティナと腕を組んだ。
フッ、と視界が暗転した瞬間、俺とティナは猛吹雪の中に放り出されていた。
二人同時のテレポートには魔力が足りなかったか?
ここはどこだと目を凝らせば、少し手前に微かな明かり。
ナカミチの工房の扉まで2メートルの地点で、場所を把握できないほどの雪だったのだ。
酷い話だな。
「結構焦ったわね」
「ほんまにな。とにかく中に入ろう」
工房の中では、サキさんとナカミチとウォンさんの三人がスクラムを組んで、作業に没入していた。
「サキさん、迎えに来たぞ」
「今日は帰らんわい」
折角迎えに来てやったのに、この言い様。
「すまねーなミナト、久しぶりの面白い作業なんで、サキさんは二、三日借りるわ」
鉄切りナイフで金属の塊を削りながら、ナカミチが言う。
「腕はこんな感じでええのか?」
「後はくっ付けるときに調整だの」
「神様、貧乳のまま尻だけデカくしてもええですか?」
「そりゃ構わんが、随分歪んだ性癖じゃのう……」
この盛り上がり。俺とティナはこの場にいない方が良さそうだな。
「じゃあ、もう置いて帰るからな」
「うむ」
俺とティナは、今度は強面親父の宿の手前にテレポートした。
宿に入った足元には、溶けずに残る雪の山。
こんな猛吹雪では、行き場のない冒険者風情は酒場にでも転がり込むしかない。
ドンドンガチャガチャ、慌てた様子で扉が開き、雪だるまのようになった男がまた一人、強面親父の宿に転がり込んできた。
『ワハハハハ……』
動く雪だるまを見て、酒場の方からは「すっかり出来上がった連中」の笑い声。
そんな雪だるまが宿の中に入った手前で雪を払い落とすものだから、宿の床には雪の山ができている。
「おう、冬の寒さでくたばっちまったかと思ったぜ」
俺たちが声を掛けるよりも前に、こちらに気付いた強面親父が声を掛けてきた。
「まあ色々あった。前回の依頼はちゃんと済ませたから」
「そうかい。今日はお前さん宛の手紙を預かってるぜ」
珍しいことがあるものだ。
俺は差出人を確認する。
「コレットからの手紙だ。エルフの里から届いたのかな?」
「ちゃんと渡したぜぇ」
「ありがとう。他に何か依頼とかは来てる?」
「特に来てねえな。仕事が欲しいなら掲示板を見な」
久しぶりに掲示板を確認してみよう。
掲示板に貼られている依頼は思ったよりも多い──。
……その殆どが除雪関連の依頼だ。
個人の依頼だけでなく、中には自治体や国からの要請もある。
「討伐関連の依頼はほぼ無いんだ……」
「討伐ならエルレトラとか、南の方にいかないと無いな」
後ろを振り向くとヨシアキの姿。
「よっ!」
気軽に声を掛けてきたが、こいつまだここでバイトしてるのか?
「仕方ねぇだろ。一緒に居てくれるのリリィだけなんだから。実家のあるやつはみんな帰ったし、あいつらいつ戻ってくるんだろ……」
もうそろそろ一月か。
案外このまま帰って来なかったりして。
「ぐぬぬ。やっぱそう思う?」
怒るかと思ったが、ヨシアキも同じように感じているようだった。
まあリリィがいるならいいじゃないか。
「おいテメェ! サボってんじゃねえっ!!」
「あー、へいへい。じゃあミナト、後ろがうるさいんで仕事に戻りますわー」
怒鳴る強面親父に面倒臭そうな顔を向けたヨシアキは、大人しくウェイターの仕事に戻って行った。