第487話「フェアリーケープ再び①」
翌朝、俺は朝食の匂いにつられて目が覚めた。
どうやら一人だけ寝坊したようだ。
一番早く寝たはずなんだけどな。
だが十分に休んだこともあって、体調はすこぶる良い。
「ティナはどうなった?」
「普通だわい」
まず目に入ったサキさんに聞いてみたが、普通ってなんだ?
正常に戻ったということでいいのか?
サキさんはテーブルの上で、テオ=キラの銅像と向き合っている。
(ぬしは独創的な絵を描くのじゃな?)
「うむ」
何をしているのかと思えば、魔道具のリボンに映し出したテオ=キラ本来の姿を元に、サキさんが三面図を描いている途中だった。
サキさんは相変わらず絵が上手いけど、絵柄はいわゆるアニメ調だ。
「この絵を元にして作ったら、それっぽいフィギュアになりそうだな」
「なるだろうの」
(苦しゅうない。完成の暁には、そちらへ移り住むぞよー)
テオ=キラは、生まれて始めて見たアニメ調の絵柄が気に入ったらしい。
新しい銅像を作ったとして、本当に乗り移れるのかは不明だが……。
何はともあれ、俺はティナが回復したのを確認するため調理場に急ぐ。
「もう大丈夫なのか?」
「朝起きたら体中が痛かったけど、もう大丈夫よ。最近酷かった胸焼けも取れたから、すぐ本調子に戻ると思うわ」
昨日のことをいくつか聞いてみると、イメージの中でテオ=キラと対話している途中に意識を失い、今朝方早くに目が覚めるまでの記憶が曖昧らしい。
あんな荒療治をされたのだから無理もないか。
とにかく無事に戻ってきてくれて良かった。
「魔力の方はどんな感じになった?」
「神様の説明だと、今までみたいに大きな魔法は使えないらしいわ……」
やはり完全に元通りとはいかないか。
「今までは巨大な魔力の器から直接魔法を使っていたけど、これからは自分の器で魔法を使うことになるから、一度に使える魔力の総量は、自分の器の魔力量が限度よ」
む?
話を聞く限りでは、相当弱くなったように思える。
「魔法の基礎学だけど、魔力は全力全開にするより、魔力を絞ってコントロールし続ける方が難しいの。以前の私なら余分な魔力はだだ洩れで魔法を使っていたけど、今なら針の穴に糸を通すような魔法でも使える気がするわ」
そういえば、以前にエミリアも言ってたな。
魔術学院の導師が目立つローブと帽子を被っているのは、魔力の暴走事故が起きた時にいち早く導師を見つけられるようにするためだって……。
ティナが魔法を使えるようになった時も、直接エミリアがレクチャーしたのは魔力の制御や無意識下での暴発を防ぐための方法ばかりだった気がする。
「でも自分の器に魔力を供給しているのは、大きい器からなんだよな?」
「そうなるわね。一度に使える魔力の量は減ったけど、使うたびに魔力が補充されていくから。燃費も良くなったと思うし、魔力切れの心配はなさそうね」
大体のことは把握した。一度情報をまとめてみよう。
まず、ティナ本人の魔力の器には、魔力を自然回復させる能力が備わっていない。
これはティナが純粋な魔術師ではないから、ごく自然な現象と言える。
魔力が供給される仕組みは、ティナの魂と結合している大悪魔の器から補充される。
一度の魔法で使える魔力の総量は、ティナ本人の魔力の器の大きさまで。
人並みの魔力量に制限されたことで、魔法のコントロール性は以前より向上した。
今までだだ洩れだった魔力の無駄が減り、魔力切れの心配も減った。
こんなところか。
「一発の威力や魔法の連続使用も含めて、色々テストした方が良さそうだな」
俺の精霊魔法も色々確かめておきたい項目が多い。
戦闘中に魔法のぶっつけ本番は怖いからな。
これは近いうちにテストの場を設ける必要があると思う。
俺が朝の支度を終える頃には、エミリアも広間に現れていた。
いつもは手ぶら同然のエミリアだが、今日はやけに荷物が多い。
「大ムカデを捕獲するための道具です!」
昨晩ユナから聞いてはいたが、本当にやるつもりなのか?
サキさんは参加してくれないみたいだけど、一体どうするつもりなんだろう。
「わしは朝からナカミチの工房に行ってくるわい」
朝食を囲む中、エミリアが「お願い」をする前にサキさんが先手を打った。
俺も虫取りに協力させられるのはごめんだ。
「俺はミゼルさんのところへ挨拶に行ってくる。心配されてるだろうからな」
「私も付いて行くわ」
「そうなんですか? じゃあ明日は空けといてくださいね!」
俺とティナとサキさんが雪崩のように予定を告げると、負けじとエミリアも反撃してきた。
「わしの方は新しい銅像の監修で手一杯になるやも知れん」
(そうじゃそうじゃ! わらわが予約済みよ。諦めたもれ。うひゃひゃっ!)
サキさん、上手く逃げたな。
テオ=キラも味方に付いたようだし、こうなるとエミリアに勝ち目はないだろう。
「………………」
こっちを見てもダメよ。
というか、巨大ムカデなんて浮遊の魔法で浮かせてしまえば、後は簡単に捕縛できるんじゃないのか?
以前出てきた巨大ムカデの死体も自分では持って帰れなかったし、怖いくせに他人にやらせてまで欲しがる思考が謎すぎる……。
あ、珍味のためか。
よし、朝食も済んだぞ。さっそく行動を開始しよう。
テオ=キラの銅像と三面図を片手に家を出るサキさん。
それを見て諦めたのか、エミリアもユナの後に続いてテレポーターの中に消える。
俺とティナは朝食の後片付けと洗濯を済ませてから、一緒に家を出た。
「やっぱり少し積もってるな」
昨晩の降雪で10センチは積もったようだ。
幸い家の周辺だけは、ストーンゴーレムの除雪作業が行き届いている。
昨晩のうちにユナかサキさんが、石の剣に命令を与えていたのだろう。
「また降りはじめたわね」
王都の西門に向かって歩いている途中で、また雪が降ってきた。
「早いとこ辻馬車に乗ってしまおう」
俺とティナは急いで西の門まで向かい、辻馬車に乗り込んだ。
辻馬車がフェアリーケープに到着する頃には、猛吹雪一歩手前の状態になっていた。
「こりゃあいけませんな。お嬢さん方、帰りの馬車はないと思った方がええです。どうしますかね? 引き返しますか?」
辻馬車のおじさんが言うには、雪で前が見えなくなる日は店じまいをするそうだ。
困ったな。
今更だが、エミリアに付いて行った方が良かったのかもしれん……。
「ありがとう。大丈夫なんで目的地で降ろしてください」
俺はおじさんにお礼を言って、フェアリーケープの玄関前で降ろしてもらった。
「それにしても凄い雪ね」
「嫌になるな。5メートル先が見えん」
流石に店の前の立て看板は納めてあるが、扉には営業中の札がかかっている。
「おはようございます……」
特に意味はないが、何となく小声になってしまった。
きっと大雪のせいだな。
「いらっしゃいませ……あら、ミナトさん! お体の方は大丈夫でした?」
俺の姿を見たミゼルさんが、慌ててカウンターを飛び出してきた。
「もう大丈夫です。随分迷惑をかけてしまったようですみません」
「とんでもないですわ! 森の中に閉じ込められていた里の皆さんも、随分感謝していました。エルフの里を代表してお礼申し上げますわ」
「ああ……それは良かった。ところで、コレットは無事でしたか?」
「はい。それはもう……。ですが、あのあと色々ありまして、あの子は今、エルフの里にいますの」
あの冒険の後、コレットは精霊使いの修行をやり直すと言い残して、もう一度エルフの里に戻ったそうだ。
……嫌がるボーイフレンドを無理やり引き連れて。
コレットの性格ならやりかねんから、俺は笑いを堪えるのに必死だった。