第477話「精霊使い対精霊使い②」
奥にいるゴブリンが叫んだ言葉は、サラマンダーを呼び出す言葉だったらしい──。
俺がそれに気付いた時には、もう遅かった。
大きなトカゲの姿を模した炎が、俺の体にまとわりつく。
「このっ! 離れろぉっ!!」
もはや熱いを通り越して、全身が痛い。
痛みのあまり、声が声でなくなってくる。
その時、ふと背中が軽くなった。
両肩のベルトが燃え尽きて、背負い袋が地面に落ちたのだ。
俺は堪らず地面を転げまわり、何とかサラマンダーの勢いを止める。
「くぅっ……そぉ……」
俺は痛がるよりも先に大剣を手に取り、奥にいるゴブリンを殺すことに決めた。
「ブエェッ!?」
ゴブリンの表情は、驚きと恐怖に引き攣っている。
「ゴグィバァエブァン!」
「わぶっ!」
ゴブリンに向かって走り出した瞬間、何かに足を取られて盛大にコケた。
草だか蔓だか知らないが、足に絡み付いて取れない。
これも精霊魔法か!?
鬱陶しい!!
足に絡んだ植物を取り外そうとする俺を無視して、一目散に逃げだすゴブリン。
逃がして堪るかと、俺も同じ魔法を使おうとするが決まらない。
これだけ頭がテンパっていると、もはや魔法を使える精神状態ではなかった。
「絶対に逃がすか!」
暗い森の中で小さく光る玉、俺が出していたウィル・オー・ウィスプが目に留まる。
コレットのウィル・オー・ウィスプは対消滅でやられてしまったが、俺の方は小さかったせいか、今の今まで無視されていた。
「行けウィル・オー・ウィスプ! 逃げるゴブリンに体当たりしろ!!」
精霊感知で異変を感じ取ったのか、急にこちらを振り返るゴブリン。
「ブギャンッ!」
もう一度、闇の精霊で対消滅を狙ったのか?
下手に振り向いたのが悪い。
ウィル・オー・ウィスプは、ゴブリンの顔面で弾け飛ぶ。
小さく上がる悲鳴。
光の玉は消え、道の奥は暗闇に戻る。
とにかく足に絡まった草を解いて、トドメを刺しに行かないと……。
ダガーくらいは身に付けておくべきだった。
焦れば焦るほど上手く解けない。
コレットの安否も気になる。
サラマンダーの直撃を受けた火傷はどうなっているだろう……。
サキさんよりも泥臭い死闘に、思わず涙が浮かんできた。
それほど時間は経過していないと思うが、結構な時間が経過したようにも思う……。
なんとか足に絡まった草を解いてから、未だに燃えている背負い袋の火を頼りに、逃げる途中で気絶していたゴブリンを倒す。
「コレット! コレット起きて!」
安全を確保したあと、すぐにコレットの元へ戻った俺は、精霊感知や脈を取って彼女が生きている事を確認した。
特に外傷はない。
何をされたのかは不明だが、単に気を失っているみたいだった。
が、これがなかなか目を覚まさない。
声を掛けたり体を揺すれば反応するものの……いい加減不安になってくる頃になって、ようやくコレットは目を覚ました。
「奥にいたのは精霊使いのゴブリンよ。大丈夫だった?」
「………………」
そういえば大丈夫じゃなかった!
特に痛みも無いからすっかり忘れていたが、全身をサラマンダーに焼かれて……。
「ホントに焼かれたの? 何処か痛いところはある?」
「焼かれてるときは七転八倒の痛みだったが……。今は何ともないな……」
鎧の魔法耐性が効いていたのか?
痛みだけは素通りしてきた感じだが、実際には火傷もしていない。
ああ──。
もしかして精霊使いのゴブリンが逃げ出した原因は、サラマンダーで焼かれても無傷で起き上がった俺を見たせいかも?
何か怯えるように逃げ出したもんな……。
「あ、荷物……」
結局、俺の背負い袋は中身まで全部燃えた。
「ちょっと煙が酷いわね」
「一度戻ろう。ウィル・オー・ウィスプ出せる?」
「……今は無理。闇の精霊に深く干渉されたから、もう少し時間が必要だわ」
それなら仕方ない。
未だに燃えている背負い袋の残骸を枯れ枝に絡み付かせて、それを松明の代わりとした。
これは背負い袋に収めておいた外套かな?
防水加工された生地が、はからずとも松明の素材に適していたようだ。
黒く焼け焦げた干し肉や着替えなどは、足で適当に砂でもかけておこう。
ここでは風が吹かないから、変に燃え移る心配はない。
しかし、常日頃から思っていることだが、敵に魔法を使われるのは恐ろしいな……。