第474話「精霊使い対ゴブリン」
とにかく森の奥へ進むことになった以上、先頭は俺が担当する。
二人だけで進むのは心細いが、精霊使いが二名、両者魔法が使える組み合わせなのは不幸中の幸いか──。
「森の植物が襲ってくることはありえるのか?」
「意志を持って襲ってくることは、まず無いと思うわ」
周囲に存在する精霊は、俺とコレットから生命と精神の精霊、ウィル・オー・ウィスプから光の精霊、暗闇と影からは闇の精霊を感じる……。
森の中にあるのは植物と土の精霊だ。
不思議と冷気の精霊は感じないので、この森の中は想像以上に快適と言える。
ちなみに風の精霊はいないようだ。
ということは、この空間には入り口も出口も無いということで良いのだろうか?
「確かにそうだわ……見た目よりも頭いいわね」
バカそうな恰好をしているとでも言いたいのかね?
それはともかく──。
「ここが袋小路なだけかもしれん。『精霊感知』で周囲の状況に変化が無いかを確認しつつ、奥に進んで行こう」
俺は大剣を盾がわりに構えながら、暗い森の中を進む。
まず少し奥へ進むと、いきなり道が二つに分かれてしまった。
道幅はどちらも大差なく、相変わらず奥が見えない。
いっそ道を外れて森の中を突っ切ってやろうとも考えたが──。
「こっちの奥に何かいるわ」
言われて確認するも、俺が見た時にはもう遅い。
だが、枝葉をかき分けるような音は聞こえた。
距離は結構離れていたと思う。
「生き物だったか?」
「一瞬過ぎてわかんない。小さかったと思う」
よし。何かがいた所まで警戒しながら進もう。
距離にして50メートル程だろうか……。
何かがいた場所まで進んでみると、地面を蹴ったような足跡を発見した。
「動物じゃないわね」
「ゴブリンだろうな。この足跡は……」
冬支度に間に合わなかったゴブリンが、この森に棲み付いたのか?
一体だけなら良いが……。
どちらにせよ、見つけ次第討伐しておくべきだろう。
もし何処かに潜んだままにしておいたら、おちおち休憩もできなくなる。
「!?」
俺の目の前を、何かが横切った。
いや、暗くて良く見えなかったが、不自然な風切り音と微かな風圧を感じた。
「キャッシャッシャッシャーーッ!」
前方の木の上か?
底意地の悪さを感じるような笑い声が響く。
「コレット、後ろに隠れていろ」
「頼りにしてるわよ」
俺はコレットを庇いつつ、木の上が見える位置にウィル・オー・ウィスプを飛ばした。
が、そこには誰もいない。
精霊感知──生き物の気配が遠ざかる。
……逃げられたか?
いや、違う!
前方斜め左右、森の茂みの中!
別の気配だ。
コレットも気付いたらしく、自分の周りを漂っている二体のウィル・オー・ウィスプで前方を照らす。
「うわぁっ……」
茂みの中から見えたのは、粗末な弓を構えたゴブリン。
飛び道具を見た瞬間、俺の口から自然と情けない声が漏れた。
「く……!」
道を挟んで左右に二体、どちらも俺を狙っている。
横に飛び退けば避けられるか? しかし後ろにはコレットが──。
大剣を盾に? こんなもので防げるのか?
どうする?
どうすればいい?!
俺は身構えたままの体勢から動けない。
左右同時に放たれる矢。
矢の軌道がスローモーションのように見え始めた……これはダメな合図か?
カッ、カンッ!!
しかし二本の矢は、魔法の鎧によって弾かれる。
「あっ!?」
恐らくは一瞬の出来事、だが、どうして矢が弾かれたのかを理解するには、それなりの時間を要したと思う。
俺が矢の軌道を意識した時、肩と腰に浮いているプロテクターが勝手に動いて矢を弾いたのだ。
役目を終えたプロテクターは、また元の位置まで戻っていく──。
どうして宙に浮いているのか不思議なパーツだったが、こうやって身を守る機能があったとは……。
矢が弾かれたとわかるや、前方のゴブリンは新たに矢をつがえる。
「もう遅い! ウィル・オー・ウィスプ! 下にいるゴブリンに体当たりだ!!」
木の上を照らした状態で浮かんでいる俺のウィル・オー・ウィスプは、命令通りに急降下、ゴブリンの一体に体当たりを決める。
パシャン!
薄いガラスが割れたような音を立てて、ウィル・オー・ウィスプは壊れてしまうが、その瞬間、ストロボのように明るい光を発した。
同時に響くゴブリンの悲鳴。
倒せたかは知らんが、これで確実に感電したはず。
少なくとも、今すぐ弓を引くことは出来ないだろう。
残り一体、今からウィル・オー・ウィスプを生成して飛ばしたのでは間に合わないか!?
「土の精霊よ! ゴブリンの足元を突き上げてっ!!」
後ろからコレットの支援魔法。
瞬間的にゴブリンの体が少しだけ宙に浮いた。
こんな反撃は予想していないだろう。
思わず手が緩み、明後日の方向に飛んでいくゴブリンの矢……。
俺は走りながらミスリル銀の大剣を引き抜くと、勢いあまって茂みから飛び出すゴブリンの首をはねた。