第471話「精霊魔法の使い手」
俺たちが王都を出てから暫く経ち、今は雪の少ない川のほとりで小休止をしている。
今日は久しぶりに天気も良くて快適だが、それは俺が魔法の鎧を身に着けているからの話──。
風防すら付いていない乗り物の先頭で、ずっと冷たい風に晒されていたコレットは、いよいよ寒さに耐えられなくなり休憩を申し出た。
ちなみに熊鹿たちは元気が有り余っている様子で、じゃれ合ったり雪の中に頭を突っ込んだりと忙しない。
熊なのか鹿なのかはっきりしない動物だが、動きを見ていると犬のようにも見える。
何をどう配合したのかは知らないが、そもそも俺はこの世界の生き物はおろか、元の世界の生き物についてもあまり詳しく知らないんだよな……。
「流石にこの冷たさは来るモノがあるわね」
コレットは鼻をすすりながら、毛皮のブーツを脱いで、足に巻きつけた布を巻き直している。
オルステイン王国ではメジャーな防寒法の一つで、下手に靴下を重ねるよりも、包帯状の布を巻いた方が保温性に優れるらしい。
この方法の欠点と言えば、ワンサイズ大きなブーツが必要になるのと、巻き方の下手な人は今のコレットみたいに巻き直しが必要になることの二点だ。
「よし、ついた」
俺の方は、久しぶりに火口箱から道具を取り出して、お湯を沸かすための火を用意している。
こんなもの、以前は魔法でハイ終わりだったのに……。
「コレットの精霊魔法で火をつけられないのか?」
「無理ったら無理なのよ。火のない所に火の精霊はいないから。逆に言えば、小さな火種でもあれば使えるってことだけど」
コレットは、俺がおこした火種を精霊魔法で大きくする。
魔法の火とは違い、精霊の火は意思があるかのように鍋を包み込んで、あっという間にお湯を沸かした。
「そこまではっきり精霊を感じるのに、ミナトは精霊魔法使えないわけ?」
「使えないな。使い方もわからんし、精霊の存在がわかるようになったのも、つい最近だからな」
魔術学院の図書館で精霊を調べたときに、精霊魔法に関しても少しだけ調べてみたが、具体的な使い方まで書かれた本は見当たらなかった。
探せば何処かにあったのかも知れないが、偽りの指輪で散々やらかした直後だからな、精霊に対する後ろめたさもあって、途中で切り上げてしまったのだ。
「エルフなら本能的に使えて当然だけど、人間には難しいかもしれないわね」
「やっぱり無理なのか?」
「大昔から駄目だったらしいわよ。エルフの里の長老様が言ってたけど、万物に対する感性が違うんですって」
難しい事を言うなあ。
そういうのは、わりと個々人で違うような気もするが。
例えば生まれ育った環境とか、民族的な文化とか、あと宗教観とか……。
それとも、超能力が備わっているかどうかの話をしているのか?
「でもね、そこまでハッキリ感じ取れるなら、ある程度は精霊の力を使えるようにしておかないと、返って危ない気がするわよ」
コレットは足で焚き木に砂をかけながら言った。
「この消えかかった火を精霊の力でもう一度燃やしてみて」
理論的なエミリアと違い、コレットはモロ体育会系のノリだ。
無茶振りにも程があると思ったが、精霊術師の手ほどきを受ける機会なんて、そうそうないぞ。
やり方は良くわからんが、とにかくどうにかしてみよう。
──俺は目を閉じて、足元で消え入りそうに燻っている火の精霊に集中した。
火の精霊といえば、火の矢の暴走によって生まれたサラマンダーの姿が印象に強い。
今でも鮮明に覚えている。
炎で形作られたトカゲのような姿だった……。
「もっと精霊に寄り添うのよ。恐れや否定は駄目。あるがままを受け入れて」
コレットの助言で、俺は自分の中にある意識とも向き合った。
厳しい状況の中で襲い掛かってきた精霊に対する恐怖心、偽りの指輪で精霊を封じ続けた行いに対する罪悪感……。
それらをゆっくりと意識の底に落としながら火の精霊に向き合うと、精霊の存在を感じ取る力が一段高まったような気がした。
まるで薄皮を一枚めくったような感覚だ。
自然と口が動く──。
「火の精霊よ、激しく燃え上がれ」
その瞬間、消え入る寸前の焚き火から盛大な火柱が立ち昇った。
「ふあっ!?」
「あたたっ……!」
俺もコレットも、瞬間的に飛び退いた勢いで盛大に尻もちをつく。
『………………』
火柱は一瞬で消え去ったが、暫くは言葉が出てこなかった。
俺たちは無言のまま立ち上がって、お互いの無事を確認し合う。
「まさか本当に精霊魔法が使えるだなんて……」
「俺も驚いた。コレットの言う通り、精霊魔法の使い方を知らないままだと怖いな。いつ無意識に使うかわからん……」
「ま、まあそれは追い追い考えるわ。精霊魔法を使うように仕向けた私にも責任があるから……。ともかく長い休憩になったわね。そろそろ出発するわよ」
そうだった。
いつまでもこんな所で休憩している場合じゃない。
俺たちはソリに跨って、再びエルフの里を目指した。