第469話「コレット」
店の扉にはクローズドの掛札、流石に早かったかと思ったが、試しにノックをしてみる。
「はーい」
俺が扉をノックすると、ミゼルさんの緩い返事が返ってきた。
「……おはようございます。ソリの用意ができるまで、お店の中でお待ちになって」
ミゼルさんは自分の身長よりも大きな大剣を見て一瞬驚いたが、すぐに気を取り直して俺を店の中に招いた。
というか、甘々な服が多いこの店の中に、大剣を携えて地味色の外套を被った存在が入り込んでいる絵面には違和感しかない。
事情を知らない人間が見たら、確実に通報されるレベルだな。
「ふーん……この人が私を護衛してくれるの?」
突然カウンターの奥から声がしたと思ったら、小さな女の子が姿を現した。
「紹介しますわ。孫娘の──」
「コレットよ。綺麗な女の子が来るって聞いたから心配していたけど、思ったより強そうね。安心したわ」
ミゼルさんの孫娘コレットは、鼻を鳴らして仁王立ち。
長く伸ばした色素の薄い金髪と碧眼は、ミゼルさんとよく似ている。
見た感じの身長はティナと同じくらいだが、童顔という感じでもない。
エルフ族は人間よりも体格が一回り小さいのが普通なので、コレットも見た目より年を食ってるかもしれん……。
孫持ちのミゼルさんでさえ、見た目は二十歳くらいだからな。
「そこー! エルフの歳を勘ぐらないように!」
俺の顔色を読んだのか、コレットが俺を見上げながら抗議する。
この調子だと、会う人全員に同じことを言ってそうだな。
「まあいいわ。ミナトだったわね? 足元が寒そうだけど、そんな装備で大丈夫なの?」
「一番いいやつだから大丈夫だ」
ひざ丈の外套から出ている足元は、そのまま魔法の鎧である。
ふくらはぎの面はインナーが丸見えだし、容赦なく体温を奪いそうな金属製の靴……。
サンタクロースみたいなデザインの防寒着で完全武装したコレットの目には、いささか常識外れに見えてしまった事だろう。
「道中は二人きりだから、仲良くやっていきたいな」
「そうね。こちらからもよろしくお願いするわ」
「……あら? ソリが来たみたいね」
特にそれらしい音も気配も感じないが、ミゼルさんが気付いて暫く経つと、店の前に人の気配を感じるようになった。
「婆様は相変わらずの地獄耳ね……」
店内からソリが近付いてくる音を聞き分けていたのか?
何気に凄い特技だな。
「ミゼル婆さんや! ソリここに置いとくんでね! 使い終わったら返しといてーね!!」
「あ、はーい!」
ソリを持ってきてくれた人は、店の扉も開けずに言い放つと、そのまま気配が遠退いていった。
慌て店の扉に向かおうとするミゼルさんだが、二歩三歩進んだところで諦めてしまう。
その場で別の乗り物に乗り換えて、勢いよく遠ざかってしまったようだ。
声の主は相当年を食ったお爺さんのようだったが、それにしても、ミゼル婆さんって大声で呼ばれるのは可哀想に思えてくるな。
実際の年齢はともかく……。
「ほら、ソリも来たことだから、さっさと出発するわよ」
「ああ、うん……」
ヤバいな。
油断していると、いつの間にか主導権を握られてしまう。
「それじゃあミゼルさん、行ってきます!」
「お気をつけて。コレットのこと、くれぐれもお願いしますね」
コレットに外套を引っ張られていく俺を見て、ミゼルさんは念を押した。
もちろん依頼の内容は忘れてないぞ。
コレットが危ない事に首を突っ込みそうになったら止める事。
もう既に止める自信はないが……。