第468話「準備」
夕食が終わると、今夜もユナとエミリアはテレポーターの向こう側に消えた。
俺とティナは風呂を済ませてから、明日の支度をしている。
「どんな装備で行くの?」
「今回はヨシアキから貰った魔法の鎧を着て、ミスリル銀の大剣を持って行こうと思う」
魔法の鎧は先日ある程度の検証を終えている。
丁度良い機会だから、今回は実践投入してみよう。
ミスリル銀の大剣には、以前買った重量変化の護符を取り付けておく。
サキさんからは大変不評の大剣だが、見た目にハッタリが効いて、尚且つ間合い以上の距離から攻撃を仕掛けられるのは便利だ。
攻撃範囲だけの問題なら槍の方が有利なんだが、巨大な段平状の刀身は否応なく見た者に威圧感を与える。
見た目からしてヤバそうに見せる事は、それだけでも抑止力になる。
襲う側も相手の戦力を見てから、手を出すか考えるだろうからな。
もしもエルフの里で戦闘になるような場面に出くわしても、相手が手を出すか迷っている隙を見て逃げ出せるかもしれん。
何も無いとは思うが、一人でやるんだからそのくらいの慎重さはあって当然だと思う。
今回、俺は弓と盾を持って行かないことにした。
俺の弓はキャンプ中に粉砕されたまま、未だに新調していないからだ。
どうしても必要なら、ユナのコンパウンドボウか、ティナのカスタムロングボウを借りるのだが、自分用に調整していない弓では的外れになるのがオチだろう。
俺は特に弓が上手い訳ではない。
ユナが俺の癖を見て、メンテのたびに細かく調整を繰り返していたからこそ、面白いように命中させていたのだ。
それにしても、今後は魔法の矢を作れないし、今さら新しい弓を用意するかは迷うところだな。
ちなみにヒーターシールドを持って行かないのは単純に邪魔だからだ。
恐らく魔法の鎧の方が身の守りが堅い。この一言に尽きる。
「明日はお弁当いるの?」
「どうしよう。道中で凍ったら食えんし。こういう時にカップ麺が無いのは不便だな」
「火で炙るか、小鍋で温められる物ならいいのね?」
そうだなあ。
どちらにせよ、お弁当を焼いて温めるなんて無理だからな。
ミゼルさんの方で用意してくれるはずだが、せいぜい干し物を煮て戻すとか、そんな食料しかないだろうし。
コンセプトはカップ麺と同じでも、干し物は鍋で煮込まないと食えたものじゃない。
まあ、俺は明日に備えて早めに寝よう。
翌朝、ティナが朝食を作っている間に、俺は魔法の鎧のインナーを身に付けた。
濃い青色をしたインナーには温度調節の機能が備わっているので、ビニール袋のように薄い生地にも関わらず、体に刺し込むような寒さは感じなくなった。
確かエミリアもこれと同じ効果の指輪を持っていたが、こっちは全ての部位のインナーを身に付けないと温度調節の機能が働かない。
おまけとして備わっている機能にしては有り難い温度調節だが、インナーが一部位でも欠けたら永久に失われてしまう機能だ。
このインナーには専用のプロテクターを空間的に固定する機能も備わっているので、地味にインナーの方が鎧本体なのかも……。
ちなみにプロテクターを固定する機能は、インナーの部位ごとに独立しているみたいなので、例えば右腕だけにインナーとプロテクターを取り付けるといった使い方もできる。
インナーとプロテクターの各関係だが、両腕と両脚の四部位はそれぞれ独立して機能するものの、両肩と両胸のプロテクターはブラのインナーだけで固定される。
そして腰の左右にあるプロテクターはショーツのインナーで固定している。
この鎧の最大の弱点は、インナーとプロテクターの間に物を挟むとプロテクターを固定できなくなるため、実質服らしきものを着るのが不可能になる点だ。
魔法の鎧には温度調整の機能が備わっているが、雪が降り積もる真冬にこんな格好で出歩いていたら、痴女を通り越してただの変態だろう。
肩アーマーの上から外套を被せたりして、街中では上手く隠しておかねば──。
装備を整えて背負い袋には必要な道具を詰め込み、俺が一階の広間に移動する頃には、ユナとエミリアも家に帰って来ていた。
「何度見ても凄い鎧ですよね。ミナトさんなら似合いますけど、マッチョか美人のどちらかに突き抜けてないと正直キツい装備ですよ」
ユナは俺の体を舐め回すように見て溜め息を漏らす。
「この手の魔道具はマラデク周辺の遺跡で発掘されるんだよな? 冒険者の宿でもたまに女の戦士を見るが、こんな鎧は見た事がない。今までに発掘された鎧はどこに消えたんだろうな?」
一通り見終わって満足したユナがおさわりを始める前に、俺はエミリアに話題を振る。
「成功した冒険者を数えると、女性の割合は一割にも満たないと思います。その中からマラデクで出土した鎧を手に入れて、実際に身に付ける方がいるかといえば……」
「ああ……」
おい。ここに一人いるじゃないか。
胴体の布面積が少ないのと、生地が薄すぎて隠したい部分まで浮き出てしまう事以外は、概ね満足して身に付けているんだが……。
「魔道具屋さんでも見た事ないですよね。魔道具なら長期在庫品でも捨てることはないと思いますけど」
「んー……なんと言いますか、私が子供の頃、おじ様が所有しているのを一度だけ見た事がありました。何に使っていたのかは知りませんけど」
エミリアのおじ様か。
紳士のコレクションだったのか、はたまた愛人に着せて遊んでいたのか……。
何を隠そう、この家を建てたのはエミリアのおじ様だからな。
しかも、こっそり愛人を連れ込んで遊ぶ目的で建てた隠れ家だから……。
「朝から騒々しいわね」
ティナが朝食を運んできたところで、自然と俺たちもテーブルの席に戻った。
さて、朝食を終えた俺は、何度もティナに心配されながら家を出た。
冒険の期間としては、早ければ一泊二日、移動時のアクシデントはまずないと思うけど、万一エルフの里で足止めを食らった場合はそれなりの遅れが生じるだろう。
結局俺は、背負い袋を背負ってから外套を被っている。
背負い袋のベルト程度では、肩のプロテクターが落ちてくる事も無かった。
ミスリル銀の大剣もベルトで肩掛けにしてあるので、ベルトがセーフなのは助かった。
「外周一区寄りの北区北西、フェアリーケープっていう店までお願いします」
「あいよ!」
今日も王都の西門まで歩いた俺は、一番近くにいた辻馬車に行きたい場所を伝える。
すると細かな説明も必要なく話が通じた。
「大きな荷物は屋根に乗してくんな」
辻馬車の客席は見た目通りに狭い。
背負い袋や大剣を持ち込むと、まず確実に膝がつっかえてしまうだろう。
俺は御者のおじさんの前で背負い袋を下ろしてから、それを屋根に乗せてもらった。
「……あの、料金は?」
「あ、タダでいいです」
まるで江戸っ子の世界から飛び出してきたようなおじさんが突然敬語になる。
とりあえず俺は、昨日の料金を参考にして銀貨9枚をおじさんに渡した。
今朝はまだ早い時間のせいか、西の大通りにはあまり人がいない。
時折、馬車が横滑りを起こす。
夜中は特に冷えたのか、地面が凍っているようだ。
そういえば、今朝は凍結した所を歩いても特に滑ったりはしなかったな。
足のプロテクターは靴も兼ねているが、滑り止めの底板でも付いているのか?
「…………」
俺は気になって靴底を確認したが、底板どころか滑り止めの溝すら掘られていない。
金属質でツルツルした質感の靴底だ。
どうしてこんなので滑らないのか、魔道具とはいえ不思議で仕方がない。
そういえば足音もそんなに響かなかったな。
「どうも姐さん着きやした」
「ごくろうさまでした」
いまいちキャラクターがはっきりしない御者のおじさんから荷物を受け取った俺は、フェアリーケープの扉の前まで移動した。