第460話「殻の回収」
邪神の像──。
禍々(まがまが)しい人型の銅像は、まるで素人が作ったかのように拙い造形をしている。
出来の悪さが不気味さに拍車をかけているようにも見えるが、これも一種のヘタウマなのか、見慣れてくると妙に味わい深い顔つきをしている。
この邪神の像は、ベッドの上に投げておいた記憶がある……。
部屋の中の荷物を引き上げるさい、この出入り口からベッドを取り出そうとすれば、ベッドは縦に傾けて通すしかないから、ベッドを運んでいる最中に人知れず転がり落ちたのだろうな。
まあ、こうして戻ってきたのも何かの縁に違いない。
前回はふざけ半分で手放したが、これは家に持って帰ろう。
この像のモデルは「テオ=キラ」という大悪魔で、レスター曰く邪悪な知識を司る邪神らしい。
魔術学院ではその性質上、知識の神ヴァルナとの関りが強く、魔術学院の導師が神殿の司祭を兼任している。
ヴァルナ神とテオ=キラは、イメージ的には犬猿の仲のような存在になるのだろう。
それゆえ学院の敷地内でこんな像を持ち歩いているのがバレたら面倒事になりそうだ。
俺は特に寄り道をすることなく、真っすぐ家に帰ることにした。
魔術学院の門を出て、家まで続く森の小道に差し掛かると、何度もソリを引いた跡を見つけた。
「…………」
一瞬何事かと思ってしまったが、ああと思い出して一人で納得する。
これはアーマード・ドラゴンの殻を回収しに来た業者の仕業だな。
数人で何度も往復したようで、きれいに除雪した一本筋の通路は無残なまでに破壊されていた。
まあ、崩れた雪は踏み固められているから、道幅が広くなって助かったけど。
家に着いた俺は、玄関を通り過ぎて家の裏側を見に行った。
家の裏にある河原に積もった雪は、これでもかと言わんばかりにほじくり返されて、アーマード・ドラゴンの殻40個は、ものの見事に回収されていた。
てっきり俺は春まで待つのかと思っていたが、これほど早く回収しに来るとは……。
まあいい、寒いし早く家の中に入ろう。
一階の広間では、毛布にくるまったユナがソファーの上で寝ていた。
暖炉の火は日夜問わず燃え続けていて、グレンは金網の上であぐらをかいている。
魔力の供給源を失ったグレンは、とりあえず火のエネルギーで存在の力を保っている状態だが、これは近いうちに薪を補充しておく必要がありそうだな。
「ん……ミナトさん?」
「あれ? 起こしてしまったか」
「大丈夫ですよ」
ユナはあまり寝ていないのか、暫くソファーで横になっていたが、やがて起き上がった。
「今日は外が煩かったので……」
そういってユナは、眠そうな目をこすりながら顔を洗いに行った。
さて、俺が家の事をあれこれしているうちに日は暮れて、今日もエミリアを入れた四人で夕食の席を囲む。
「以前エミリアの部屋に投げてた銅像だけど、部屋のすぐ近くに転がってたわ」
「アレですか?」
「うん」
俺はきれいに洗った邪神の像をテーブルの上に置いた。
「え? これを私の部屋に投げていたんですか?」
邪神の像を手に取ったエミリアは、その正体に気付いたのか何とも言えない表情になる。
「まあ勢いと言うか、グレンを連れて行く代わりに置いて行ったんだけど」
「そのあと回収しに行ったら、エミリアが部屋を引き払った後で、ずっと行方不明になっていたのよ」
「それ、何かの魔道具なんですよね? エミリアさんならわかりませんか?」
「確かに魔力を感じますね……」
エミリアは銅像に手を当てて魔力の流れを読み取っていたが──。
「ちょっとここではわかりません。ダレンシア王国に着いたあとで良ければ調べてみますよ」
それもそうだ。
今はダレンシア王国まで、無事に辿り着ける事を優先して欲しい。
「そういえば今日、学院のどの施設かは知らんけど、幽霊と言うか生霊と言うか、何か不思議な存在を感じたな……」
「あそこ『出る』んですか?」
ユナが少し引く。
「それはミナトさんが言うところの生霊です。魔法で幽体離脱した魔術師の存在を感じ取ったのでしょう」
「魔法でそんなことも出来るのか」
魔術学院の施設の中には、鉄だけで作られたまさに鉄壁の建造物があるらしい。
そこでは爆発の可能性がある魔道具や、強力な攻撃魔法の実験などが行われている。
そのさい障壁の魔法では術者自身を守れないため、いっそ霊体になって実験しようという、ある意味魔法の学校らしい危険な実験も行われているそうだ。
「幽体ですから物を持ったり、喋ったりはできなくなります。普通は浮遊の魔法や念波でやり取りをしますが、器用な人なら金属製の義手で物を持ったり、空気を操って声を作り出したりしますよ」
「それは器用ね……」
なるほどな。
もしも安全に幽体離脱できるなら、冒険の中でも活躍しそうだ。
ドアを開ける前に中の様子を見てきたり、魔物の巣に侵入して攻撃魔法を放ったり……。
「私はおすすめできませんね。まだ原因は不明ですが、幽体離脱の癖が付いてしまう人もいるようです。眠っている間に幽体離脱をして、二度と戻ってこなかった魔術師もいます」
「じゃあダメだな」
そんなやり取りをしながら、夕食を終えたユナとエミリアがテレポーターの向こう側に消えていくのを、俺とティナで見送った。