第45話「そして日常が始まる」
「もう嫌だ! 二度とこんなことはしたくないからな!!」
「わしは満足した……」
魔術学院に到着した俺とサキさんは、荷馬車をエミリアに預けたあと、白髪天狗に乗って家までの道を歩いていた。
「おかえりミナト、サキさん。その様子だと散々な目にあったようね?」
「ただいま。酷い目にあった。俺もティナと一緒に行けば良かった」
俺は馬小屋から調理場のティナと話をして、背負い袋や荷物を家に運んだ。馬の世話はサキさんに任せている。
「おかえりミナトさん。大丈夫でした? 酷い顔ですよ」
「ただいま。こっちは暫く一人で街を出歩けなくなったよ」
荷物を持って部屋に戻るとユナがいた。背負い袋から着替えや日用品を元の場所に戻している最中のようだ。俺もユナの横でそれにならった。
そろそろ家で使うものと冒険に持って出る道具は別々に買い揃えておきたいな。
「夕飯の仕込みも済んだから銭湯に行きましょう」
「サキさんはどうした? まさかあの服のまま銭湯に行ったとかはないよな?」
「浴衣に着替えさせたわよ。あの服は燃やして処分させるわ」
「それがいい。あのバカが記念にするとか言い出す前に処分させてやる」
サキさんは歩いて銭湯に向かったようなので、俺とティナとユナは馬に乗って銭湯へ行った。一泊二日の短い冒険だったにも拘わらず、何日も冒険に出たような疲労感だ。
今日はゆっくり銭湯に浸かろう。
「湯がしみると思ったら腰骨のところ、酷い擦り傷になってた」
「……酷いわね。あとで治さないといけないわよ」
「私も伏せたりしたときに膝とか擦りむいてたみたいです」
体を洗っていると初めて気付く傷が多い。この場は痛いのを我慢して、俺たちは湯船に浸かっていた。
「俺のジャケット、サキさんが血まみれの手で触るものだから汚れてしまったなあ」
「肩のところの手形ですよね? あれはもう買い替えるしかないですよ」
「洗っても茶色の手形になるだけだし、明日同じようなのを買いに行きましょう」
風呂から上がった俺たち三人は、脱衣所で互いに体を見せ合って傷を確認したあと、生命の精霊石で俺が治療をするということを繰り返している。
「二人には体の隅々まで見られてしまった……」
「痕が残っても困るし、ちゃんと確認した方がいいわよ」
「そうですね。恥ずかしいけど仕方ないですね」
傷が治せるようになったのは大きいな。サキさんの大怪我を治せたのも良かったが、これなら三人とも傷跡だらけにならなくて済みそうだ。
治療が終わったので、俺たちは服を着て銭湯を後にした。
俺たち三人が家に帰っても、あのバカはまだ銭湯にいるようだ。ティナとユナは引き続き夕食を作っているようだが、俺は家の玄関前で土の精霊石を使って遊んでいた。
今回のワイバーン戦で、いままで使い道がないと思っていた土の魔法が、実はかなり使えるんじゃないかと思ったのだ。
俺は玄関の前に魔法で穴を掘って、解放の駒から出てくる砂でその穴を埋めると、砂を石に変えるイメージでそれを固めてみた。
砂はきれいな石に変化して、家の玄関前には敷石ができあがる。それを何度か繰り返して飛び石を作ってみた。
「ほう。感じの良い飛び石であるな」
「帰ってきたのか。土の魔法で遊んでみたんだが、なかなか上手くできただろう?」
銭湯から帰ってきたサキさんは飛び石が気に入ったようだ。
飯ができるまでにまだ時間がありそうなので、俺はサキさんの冒険用の服と俺のジャケットを家の裏で焼くことにした。
「この服は記念に取っておきたかったがの」
「諦めろ。血は色々と怖いから処分しておきたい」
「致し方なしか」
サキさんは昼間の一人凱旋パレードで十分満足したのか、あまりゴネることはない。
俺とサキさんが汚れた服を燃やしていると、辺りはすっかり暗くなっていた。そろそろエミリアがセルフ放置プレイを楽しんでいる頃かな?
燃やし切った服に念のため水を掛けた俺は、サキさんを連れて家の中に戻った。
「ワイバーンの方はどうなった? あと、ワイバーンを乗せていた荷馬車はいらんから処分しておいてくれ。あのサイズになると家の前の道を通らんからな」
「わかりました……ワイバーンの方ですが、二体とも鱗と革、肉の部分でそれぞれ話を付けてきました」
いつものようにセルフ放置プレイをしているエミリアに話しかけると、エミリアは既に話を付けてきたようで、テーブルに大きな麻袋を置いた。
「卵の件はまだですが、全部合わせて金貨2200枚あります」
「銀貨11万枚ってことか? 討伐報酬ですら銀貨3万6000枚だったのに」
「倒してから1日程度しか経っていないのと、保存の魔法まで使って鮮度を保っていたので満額に近い状態で取り引きできたんです」
そこまでの価値があるのか。兵士たちのテンションが高かったのもわかる気がした。
「エミリアの取り分も引いておけよ。取り引きしたさいの必要経費もあるだろう」
「内蔵が無傷に近い方のワイバーンを研究材料に使わせてもらったので、こっちの方は鱗と革しか取り引きできませんし、私の取り分は売りに出せなかった一体分の肉の代金ということにしてもらえると助かります」
「エミリアがそれでいいのなら構わんが。卵と荷馬車の処分は引き続き頼む」
俺とエミリアが話し込んでいると夕食ができたようだ。今日の夕食は鶏肉と薬味を塩味で調えた雑炊だった。その横には山菜とベーコンを炒めた小皿が置いてある。
ぱっと見は地味な夕食だと思ったが、昨日の昼からまともに食っていなかった胃袋ではこのくらいが丁度良いのかもしれない。雑炊の塩気がやけに美味く感じる。
「ワイバーンの肉って美味いのか?」
「大トカゲを大味にした感じだと思いますよ。全体的に味は良くないですが、験担ぎとして高値が付きます。猛毒のある尻尾は美食家に人気なんだとか……」
「験担ぎと珍味か。猛毒は怖いから手を出さない方が良さそうだ」
「そうですね。普通に食べるなら大トカゲの方が美味しいと思いますよ」
美食家に人気の尻尾は面白そうだが、猛毒が怖いから他に食べる物がある限りはチャレンジしたくないな。
いつもは食事を終えた後も茶を飲みながら和んでいるエミリアだったが、今日はまだやることがあると言って、飯だけ食うと急いで学院に戻ってしまった。
忙しい日は無理してうちに来なくても良いと思うんだが。
「エミリアは帰ったの? せっかくスイカがあったのに」
「スイカなんて売ってるのか」
白いテーブルクロスを取り去るティナの後ろから、真っ黒い玉を抱えたユナがそれをテーブルの上に置いた。
「真っ黒いんですよ。お店の前で割れてるのを見て、スイカだとわかったんです」
「これは鉄兜と言うのだ」
「サキさんは知ってたのか。まあ食ってみよう」
俺は四分の一、ティナとユナは中途半端に六分の一程度を切って、残りはサキさんに渡した。鉄兜と言われたスイカは、切っただけでも汁が溢れ出る。
「甘いな。これは塩なんか振らんでも良さそうだ」
「うむ」
「サキさん、かぶり付くなら小さく切りなさい」
「うむ」
デカいままかぶり付いてテーブルをぐちゃぐちゃにしていたサキさんは、ティナに怒られていた。こいつは種もお構いなしにバリバリ食っているが大丈夫なんだろうか?
俺とティナとユナは皿の上に置いたスイカをスプーンで食っている。二人とも器用に種を取りながら食べているが、俺は種を皿の上にぽとぽと吐き出していた。
「この種は来年植えたらスイカができるんですか?」
「スイカの根は弱いから、接ぎ木してやらんと難しかろう」
「サキさんは詳しいな。今度家の近くに畑でも作ってみるか?」
「良いな。それも面白かろう」
スイカを食い終わった俺たちは、いつものように洗濯と歯磨きをして各々の部屋へ戻って行った。今日は疲れたから早く寝たい。
俺たち三人はベッドに潜ると、誰が言い出したでもなくネグリジェの裾を一番下までゴソゴソと引っ張ってから寝転んだ。やはり脳裏に浮かぶのはエミリアの寝相である。
あの酷すぎる光景を思い出して俺が噴き出すと、横の二人も噴き出していた。
やっぱり、あのだらしない方がエミリアの本性なんだろう。
翌朝いつものように朝の支度をして俺とサキさんが広間のテーブルに着いていると、今日は馬に乗ったエミリアが現れた。
毎日テレポートでひっそり来るはずなのだが珍しいな。今日は来るのが遅いと思っていたが、馬で来たせいで遅れたのだろう。
「目の下にくまができてるぞ」
「ええ……ワイバーンの解剖をしていたら徹夜になってしまいました。まだ続いているので、朝ご飯を食べたらすぐに戻らないといけません」
「大変だな。言えば飯くらい送り届けてやったのに」
「本当ですか!? じゃあ夜はお願いします!」
軽い冗談で言ったつもりだったが、本当に疲れていそうなので、夕食は送り届けてやることにした。テレポートを断念するくらいなので少しは気遣ってやるか。
今日の朝食はベーコンエッグとチーズと野菜を挟んだハンバーガー風のパンとコーンスープだ。俺はパンを頬張りながら、今日の夕飯は学院に届けることをティナに伝えた。
「それなら汁物は無理そうね」
「タッパもラップも無いですもんね」
エミリアは朝食を食い終わると、ユナが持ってきた冷たいハーブティーの入った水袋を受け取って、馬に跨り帰って行った。
「あいつもちゃんと仕事してるんだなあ……」




