第451話「魔術学院に行こう」
翌朝、ユナがテレポーターでエルレトラに向かうのを見送ってから、俺はティナと二人で魔術学院に向かった。
昨晩エミリアが言っていた通り、学院の門を警備しているいつもの二人組とは軽い挨拶を交わすだけで、すんなりと敷地内に入れた。
「これはこれで緩々だなあ……」
敷地内に入ってまず目に付いたのは、白に黒に灰色のローブを着た魔術師たち。
いわゆる、朝の慌ただしい時間帯に来てしまった。
「もう少し時間をずらした方が良かったわね。私は魔力を回復させる練習法がないかを探す予定だけど、ミナトはどうするの?」
「俺は図書館に行ってみようと思う。折角エミリアが与えてくれた権利だ。今のうちに自分で調べる力を付けておきたい」
「ならここで別れた方が良いわね。私は校舎の正面から入るけど、ミナトは校舎の右から迂回した方が早いわよ」
右側っていうと、以前エミリアの部屋があった方向だな。
エミリアの汚部屋から本を回収したリヤカーが、図書館に向かっていくのを見ていた記憶があるので、おおよその見当はつく。
一人でも大丈夫だ。
「別れた後は合流できないだろうから、お互い時間になったら直接家に帰る感じにしよう」
「わかったわ」
俺は校舎の中には入らず、校舎の側面を歩くことにした。
魔術学院では、先生たちが各色のローブを身にまとい、生徒たちは私服の上に黒いマントを身に付けるのが基本だ。
魔術師のローブには、白、黒、灰色の三色があり、金で縁取られた白いローブと白い帽子を被った人物は「導師」と呼ばれている。
導師は非常に優秀な魔術師に与えられる称号で、現実世界では「教授」のような存在と言えるだろう。
殆どの導師が独自のテーマで研究室を持っているようだが、中にはエミリアのように傍迷惑な研究に勤しむ困った導師も存在する。
続いて黒いローブ姿の魔術師が、いわゆる普通の「先生」にあたる人たち。
普通と言っても正式に指導者としての実力を認められた先生たちなので、例えばコロッペのような「野良の冒険者」とは違って正統派の魔術師だ
先生の中には、黒いローブの上に灰色のマントを身に付けた者もいて、これは特定の導師が専属の助手として登用した目印だ。
専属の助手になった先生は、いずれ導師の称号を得て研究を引き継ぐことも多いという。
最後に灰色のローブだが、これは客員導師や、非常勤の先生が着ている場合が多い。
非常勤の先生は、魔術学院が外部から雇っている魔法以外の専門家も混じっているので、基本的に魔法は使えないものと考えた方が良い。
一方、客員導師は学院に在籍していなくても、相応の実力者に与えられる名誉職だ。
例えば外国の魔術師を招いた時に与えられたりすることが多いらしい。
なので必然的に待遇も良くなり、研究室を持てない以外は導師と同程度の権限が許されている。
客員導師と非常勤の見分け方だが、非常勤の先生は各分野ごとに目立つ腕章を付けている。
また、客員導師は自前の帽子を被っていても良いとされているので、何かしらの帽子を被っていれば必ず客員導師だと判断できる。
ちなみに生徒の黒いマントには色の付いたラインが入っていて、青、赤、黄色の順に学年が上がっていく仕組みだ。
ここでいう学年とは、一年毎に進級するという意味ではなく、どちらかと言えば格付けに近い制度だ。
だから黄色帯で卒業間近の生徒になると、先生よりも年上なんていう事が平気で起こりうる。
まあ、入学する年齢も卒業する年齢もバラバラなうえ、魔法なんていう不確定要素の塊みたいな勉強をするところなので、普通の学校と同じにはできんわな。
ティナと別れてから一人で歩いているが、やはり周りの視線が気になる。
客員導師も目立つ存在に変わりないのだが、私服に灰色のマントを身に付けた俺の方は、もはや言い訳が出来ないレベルで目立っている。
「…………」
「………………」
「……………………」
それもそのはず、本来灰色のマントは、黒いローブを着た先生が身に付けているのが普通で、少なくとも私服で灰色のマントをなびかせている者は一人もいない。
俺の場合は、学院の生徒でもなく先生でもないのに、何故かエミリア専属の助手として存在するという、学院側からすれば意味不明な立場に置かれている……。
しかもエミリアは大魔導の称号を得て魔術学院を除籍済み。
ここで散々やりたい放題にしてきた最後の置き土産が俺とティナみたいになってる……。
──ああ、そうだ。
導師の上には大魔導なる称号があって、これはオルステイン王国でも百年に一人の逸材と呼ばれるような偉業を成し遂げた者に与えられる。
学院長先生も大魔導の一人で、偉大な魔術師である証だ。
学院内での大魔導には、役職を示す専用のローブが存在しない。
だから自前でローブを用意する必要がある。
学院長先生の場合は、緑色のとんがり帽子に合わせて、古めかしいデザインのローブを着ていたな。
エミリアも大魔導なんだから、そろそろ自前のローブを作っておかないと後々困るんじゃないかな?
しかしまあ、俺の存在は目立つ。
こういう時に偽りの指輪があれば、俺を客員導師の扱いにしてくれとエミリアに頼める可能性もあったのだが、今となってはあとの祭り。
唯一の救いと言えば、街の酒場と違って、ゴロツキからイチャモンを付けられる心配が無いことだ。
それにしても、結構歩いた。
校舎自体が大きいのも手伝って、側面に回るだけでも随分と歩いた気分になる。
──昔の魔術学院は、王都の壁の中にあったらしい。
王都周辺の安全域が広がるのと足並みを揃えるようにして、学院の規模も大きく膨らみ、やがては壁の外に移転して現在の形に落ち着いたようだ。
校舎のほかにも様々な施設の建物が立ち並んでいるせいか、大学のキャンパスというよりも、企業がド田舎に建てた研究所のイメージに近い。
何に使うのか知らんけど、想像以上に大きなグラウンドもあるし、敷地面積だけはかなりの広さを誇っている。
「………………」
何だか今日は、日差しが強い気もするな。
地面に残っている雪も気持ち溶け出しているのか? 気を付けないとお気に入りのドレスが汚れてしまいそうだ。
暫く歩いていると、校舎と離れの建物を結ぶ、細い渡り廊下に出た。
その渡り廊下を歩いた先にある、ひときわ大きな建物が図書館だろう。
魔術学院の建物は比較的新しいので、怪しさ満点の古臭い作りはしていない。
王都の中と比べるとモダンな建築が多く、外壁は白を基調にしつつも、伝統的な木の支柱には丁寧な防腐処理が施されていて、黒ずんだ柱は一本も見当たらない。
それから屋根の色は、施設の種類ごとに塗り分けられているようだ。
どちらかと言えば、オルステイン王国の中では比較的新しいマラデクの街並みと似たような雰囲気がある。
ちなみに図書館の屋根は白かった。
「あ、あのっ……入るときはサインを……」
図書館の中に入ろうとした俺を、黒いマントの女学生が引き留める。
どうやら図書館に出入りするときは、名簿に名前を書き込む必要があるらしい。
「ああ、すみません。名前はここでいいのかな? えーと、役職……? エミリア専属の助手、と……」
「うわ……エミリア先生の……」
絵に描いたように気弱そうな女学生の表情が、みるみる豹変して怖い顔になった。
エミリアは持ち出した本を返さなかったり、真夜中でも図書館の中に直接テレポートして本を漁るなど、今まで数えきれないほどの前科を犯している。
図書館を管理する者たちにとっては、まさに獅子身中の虫といったところか。
「アレとは違うから安心して……」
「それならいいですけどぉ……」
そうは言ってもやはり信用されてないのか、図書館の奥に進む俺の方をいつまでも見ているような気配を感じた。