第441話「ナカミチの悩み事」
ナカミチの工房、作業場の奥は住居兼資材置き場のようになっていた。
周辺には設計図らしき物が散乱しており、失敗作なのか、見るからにガラクタ然とした鉄の塊も転がっている。
「最近はずっとこんな調子で……あの、ミナトさんは同じ国の生まれですよね?」
「ナカミチと? うん、同じだけど」
「もしよかったらリュウちゃんの悩みを聞いて貰えませんか? 最近よく独り言を言ってるんです。それも知らない国の言葉ばかり。王国の言葉じゃないみたいなので……」
サーラはお茶を用意しながら、そんなことを言ってきた。
この散らかり具合を見るに、ナカミチはナカミチで溜め込んだものがあるに違いない。
「いつからこうなった?」
「収穫祭が終わった頃だと思います。それ以前にも何度かあったような気もするけど」
収穫祭と言えば、そこで展示する便利グッズを作ると張り切っていたはずだが。
そこで何かあったのかな?
俺たちの前でそういう素振りを見せた記憶はないが、後で聞いてみようか……。
サーラから近況を聞きつつ、出されたお茶を飲み干した頃に、一仕事終えたナカミチがやってきた。
「待たせちまったなー。最近見なかったけど、元気にやってたか?」
「エミリアも含めて全員元気だけど、実は冒険中のアクシデントが原因で、ちょっとマズい状況になっているんだ……」
俺はナカミチに、エルレトラ公国の大討伐に参加したこと、その帰りにティナの魔力が消えたこと、帰りの道中では魔道具を破損して、精霊石すら作れなくなってしまったことを説明した。
「………………」
ナカミチは所々で相づちを打ちながら、俺の話を聞いていたが──。
「……なるほどな。精霊石が作れなくなったのはわかった。むしろ今まで届けてくれて感謝してるくれーだ。でもよ、そんな状態でこれから先、冒険者としてやって行けんのか?」
精霊石が無くなると不便な生活に戻ってしまうが、それでもナカミチは俺たちの心配をしてくれた。
「今のままなら、冒険者家業は真面目に考え直さないといけないと思う」
降って湧いた魔法の力で荒稼ぎしてきたけど、素の実力でこなせる依頼の報酬なんてたかが知れてる。
月に何度も命がけの冒険をこなしていく事になるだろうし、そんなリスクを何年も続けて生き残る自信は……多分ない。
いっそ手に職を付けてみるか?
ナカミチみたいな職人は無理でも、サキさんなら割と何でも出来そうだし、ティナが料理人をやればそれなりの成功を収めるだろう。
ユナに至っては何かとてつもない商売を始めるかもしれない……。
ヤバい……俺だけ何も出来んじゃないか!
「この国……いや、この世界って言うべきかね。職人でも料理人でも商人でも、何だってやってみればいいんだろーが、やっぱり俺たちはこの世界の異物だよ。俺はつくづくそう思っちまった」
ナカミチは、ばつが悪そうな口調で俺から目を逸らす。
「それって──コレに関係してんの?」
俺は床に手を伸ばして、何に使うか良くわからない部品の設計図を拾い上げた。
恐らくコレが、その辺に転がっているガラクタの設計図なんだろう。
「蒸気機関の一部だよ。まあ見てもわかんねーか?」
全体図ならともかく、機械の一部なんて見ても俺には理解できない。
完成すれば面白そうだが、やはり現実には難しいのか?
「この世界にも動力があれば、魔法が使えなくても生活が便利になると思ったんだが……発明の段階を全部すっ飛ばして、ある日突然蒸気機関が登場してみろ。何か取り返しのつかない世の中に変えちまうよーな気がしてな……」
「…………」
そういう風に考えると怖いな。
便利になるからと言って好き勝手な事をやると、世界の有り様が変わる危険もあるのか。
良い方向に進むとは限らないから、これは気を付けておかないと……。
「だがなあ……作れそうだと思ったら、作ってみたい衝動を抑えきれん。駄目だとわかっていても作りたい。動いている所を見たい!」
ナカミチがマッドサイエンティストみたいな事を言い出した。
別に作っても法に触れる訳ではないから、ナカミチの好きにすれば良いと思う。
設計図を含めて、別の職人が模造しないように管理できるならの話だけど。
「そうか!? そうだな。よし、作るだけ作ってみるか!」
ナカミチは床に散乱した設計図をかき集めて、ガラクタもとい蒸気機関の部品を片付け始めた。
全く俺とサーラには縁のない悩み事だ。
が、突然元気を取り戻して動き回るナカミチが面白く映ってしまい、二人して笑った。
ナカミチが部屋を片付ける様子を眺めていた俺だが、ある事をふと思い出した。
「ナカミチの工房で、変形したミスリル銀製の指輪とか直せる?」
「ミスリルかー」
ナカミチは俺に向かって手を差し出す。
とりあえず現物を見せろと言いたいらしい。
「……これなんだけど」
俺はナカミチに、ぐちゃぐちゃに潰れて変形した「偽りの指輪」を見せた。
過去の冒険で「障壁の腕輪」が壊れたときには、原型を留めることもなく崩れ去った。
偽りの指輪も壊れてはいるが、特に崩れ去った訳ではない。
なので形を整えることが出来れば、何事もなく復活するのではないかという、淡い期待を胸に抱いたのだが。
「………………」
偽りの指輪を手にしたナカミチは、真剣な面持ちで細部を確かめた後──。
「もう少ししたら納入に出掛けたウォンも帰ってくるから、直接ウォンに聞いた方がいいかもな」
ミスリル銀の加工に関しては、ドワーフの右に出るものはいないらしい。