第43話「エミリアのおっぱい」
俺とサキさんがワイバーンの死骸の前で待っていると、ティナとユナとエミリアの三人が戻ってきた。
ハリスさんはワイバーンを運び出すために必要な人員を集めに行ったらしい。
「これは……壮絶というか……」
サキさんが倒したワイバーンを見て、エミリアが少し引いた。
「ワイバーンの硬いうろことか革って売れないのか?」
俺はミノタウロスの角のことを思い出してエミリアに聞いた。
「結構高く売れます。サキさんが倒した方は鱗を革ごと剥いで売るといいですよ。鮮度が高ければ肉も売れるでしょうね。ミナトさんが倒した方は内臓とかも殆ど傷付いてないので、学院の方で研究材料にしたいと思うのですが、どうでしょうか?」
「俺は構わんな。何処で売るのかもわからんし。その辺はエミリアに任せる」
やっぱり強力なモンスターになると付加価値が付いてくるようだな。
「ワイバーンの巣のほうへ行ってみませんか? ここから見ても大きいのできっと凄いと思いますよ」
「面白そうだな。行ってみるか」
俺とユナとエミリアは、ワイバーンの巣を見学しに行った。サキさんとティナはその場に待機して、ハリスと後処理に当たるようだ。
俺たちがワイバーンの巣に到着すると、高台から見るよりも大きな巣であることがわかった。外枠も相当ガッチリしていて、崩れる気配すらない。
「これは片付けるのが大変そうですね」
「ちょっと登って中を確かめてみよう。エミリアはワイバーンの巣の中がどうなってるのか知っているか?」
「私にもわかりません。口から出まかせでここまで来ましたが、思いがけずに本当の研究になってしまいました」
エミリアは巣の大きさや強度などを調べながら一周すると、白いローブの裾をたくし上げて縛り、がに股で巣をよじ登った。下から見るとオバチャンが穿いてそうな色気のないパンツと股が丸見えになっている。
こいつ貴族のお嬢様だろう? 親が見たら泣くぞ。
俺もエミリアに続いたが、はしたないお嬢様の醜態を目の当たりにしたユナは、内股でスカートを押さえながら居残りを決めた。
「巣の中は細かい枝や葉で埋まっているのか」
「そうみたいですね。結構芸が細かいです」
「なんだこれ?」
巣の中を歩き回っていると俺は何かに躓いた。何かと思って脚で表面を払ってみると卵のようなものが出てきた。昔写真で見たダチョウの卵なんかよりも遥かにでかい。
バレーボール三個分はありそうな巨大な卵だ。
「まさかワイバーンの卵か?」
「そのようですね。ワイバーンは一度に一つしか卵を産まないらしいので、大変貴重だと思います」
「もし孵化させたら懐くかな?」
「どうでしょうね? やったことのある記録がないので何とも言えませんが、懐いたとしても飼うのは難しいでしょう……あれですよ?」
「確かになあ。どうするかなあこれ。食ってみるのも面白いが毒があったら困るし」
「こういうのに目がない貴族を知っているので交渉してみるのも良いでしょう」
なるほど。それも一つの手だ。
「じゃあこれもエミリアに任せる。俺たちじゃ貴族の知り合いなんていないからな」
俺とエミリアが卵を持って巣から出ると、ティナが白髪天狗とハヤウマテイオウを連れて巣の下で待っていた。
「凄い卵ね……」
「ワイバーンの卵なんですか?」
「なんかどうしようもないし、これもエミリアに任せることにした」
ティナとユナはひとしきり卵を観察したあと、毛布二枚に包んでハヤウマテイオウに固定した。
俺たち四人が採掘場の入り口まで戻ると、ワイバーン二体を積み込んだボロボロの荷馬車の横で男たちが酒盛りを始めている。既に出来上がっているサキさんは、パンツマンの姿で意味不明な奇声を上げながら踊っていた。
俺はハリスから金貨720枚を受け取って、ワイバーンの卵と一緒にエミリアの荷馬車に積む。
「ハリスさんその顔どうしたんだよ?」
「いえあのその……」
ハリスは髭だらけの顔に作ったアザをさすりながらモジモジと呟いた。鼻血の後も残っているし、これでは気にならない方がおかしい。
時折エミリアの方をチラチラと見ているので、もしかしたら小屋の中で何か事件があったのかも知れない。気になる。あとでエミリアに説明してもらうか。
エミリアならいつものように楽しそうな笑顔で説明してくれることだろう。
とりあえずワイバーン二体の死骸を王都まで持ち帰らないといけないので、俺はハリスと交渉してボロボロの荷馬車をこのまま譲って貰うことにした。
「すまんエミリア、ちょっと言いにくいんだが着替えの下着持ってきてるか?」
「はい。持ってきてますよ」
「悪いが一枚くれんか?」
「私のをですか? いいですけど……」
エミリアは荷馬車の中から新しいパンツとブラジャーを持ってきて俺に寄こした。
こいつの下着は絶望的に地味だな。しかも無駄にデカいブラジャーが腹立つ。今度俺たちの買い物に付き合わせてやるか。
「荷馬車の代金なんだが、エミリアの下着セットでどうだろうか?」
「ワイバーンを始末した上に、あんなに良いボインお姉ちゃんの下着まで頂いてありがとうございます! 家宝にします! 荷馬車は好きにお使いください」
ハリスさんはアザを作った顔面にエミリアのパンツをあてがいながら、素敵な笑顔で答えてくれた。
男たちと酒盛りで盛り上がるサキさんは放っておいて、俺とティナとユナ、そして良いボインお姉ちゃんことエミリアの四人は、遅い朝食を取った。
今日はティナが用意した弁当だ。エミリアがどうなるのか良くわからんので四人分しか用意してなかったのだが、サキさんは勝手に酒盛りをしているので丁度人数分ある。
弁当の中はおにぎりと、ウインナーや卵焼きといった定番の物が並んでいた。海苔がないのでおにぎりは真っ白だが、それ以外は完全に俺たちの知っている弁当だ。
包みは竹皮に似た葉っぱで包んであるだけなので、食い終わればその辺に捨てても大丈夫だ。特にパラつく物は入っていないので、俺たちは手掴みで食っている。
「腹も膨れたし、家に帰るか」
「マラデクの町には寄らないんですか?」
俺が家に帰ると言うと、ユナが不満そうに聞いてきた。ユナは王都でも良く散策をしているので、知らない町なら人一倍興味が沸くのだろう。
ある意味冒険者向きではあるな。一人で冒険者になろうとしただけのことはある。
「本当は行きと帰りで二泊する予定だったけど、いきなり移動したあとワイバーンを腐らせずに王都まで持ち帰らないといかんから、今回は我慢してくれんか?」
「仕方ないですね……」
「私も興味があったけど、残念ね」
「車があれば日帰りできる距離なんだがな。本当に不便な世界だ」
俺は手に入れたボロい荷馬車に白髪天狗とハヤウマテイオウを繋いで、帰りの支度を始めた。
「サキさんもう帰るぞ」
「もうか?」
四頭引きは俺とティナとエミリア、ワイバーンの方はサキさんとユナが乗って、銅の採掘場の男たちに手を振られながら、俺たちは帰路についた。
時間的にはまだ昼を過ぎた頃だ。家から出て八時間か九時間といったところか。これだけ早い時間なら、マラデクの町に引き返すことなく次の補給地点まで行ける。
「エミリア、退避していた小屋で何があったんだ?」
「本当に狭い空間だったんです。扉を閉めると身動きできないくらいの……そうしたらハリスさんが突然私のおおお、おっぱいを……」
エミリアは両手で顔を押さえて頭をふるふると横に振った。気の毒に。
「殴ったのか?」
「いいえ。軽く雷の魔法を当てたら、小屋の壁に顔をぶつけてました」
うーむ。俺だったら怖くて泣いていたな。しかし狭い密室はヤバそうだ。せめてハリスさんは作業着くらいちゃんと洗濯するべきだろう。
俺たちが通っている街道は、平地だが荒野のような風景が広がっている。奥の方には山や森が見えるのだが、この辺りには枯れた草しか生えていない。
「この辺りは雨が続くと一面がぬかるんで湿地帯になるんですよ。でも水が乾くと地面もカチカチになって、こういう景色になるんです。夏の終わりは雨が続きますから、もう少しすれば湿地帯に戻るでしょうね」
不思議な場所だ。ということは、今はもう夏の終わりに近いのか。そういえば初めてカナンの町に行った時には道中死ぬほど暑かったな。
夕暮れ時になる頃、街道の左右に大きな家が並ぶ不思議な村に到着した。
イゴン村と言うらしい。ここは全ての建物が民家兼お店になっている変わった村だ。最初は一つの休憩所しかなかった場所だが、いつの間にか色んな店が並ぶようになり現在の村になったという。
「商魂たくましい村だな。自給率ゼロなのに大丈夫なんだろうか?」
「こういう所で買い物すると高そうよね」
「あるなあ。祭りの屋台なんかはやたら高いよな。湯気出てるのに冷たいし」
「冷えた商品の下に、湯気の出るパイプが隠されているのよ」
「まじか。もう二度と買わねえ……」
それはさておき、イゴン村は銭湯もあるようだが一人銀貨20枚とか、宿が一部屋銀貨50枚とか、なかなか強気の価格設定になっている。
背に腹は代えられない人なら利用するのだろうな。俺たちはそのまま素通りだ。
村を過ぎて暫く進んだところで夜になったので、俺たちはキャンプを張ることにした。
俺とサキさんで馬の世話をしたあとテントを二つ張り、ティナとユナは夕食の準備、エミリアはワイバーンに保存の魔法を掛け直している。
保存の魔法は対象の大きさに比例して必要な魔力も多くなるので、このサイズを二体だと完璧にはできないようだ。
何もしないよりマシだが、なるべく早く王都まで戻る必要があるらしい。
この場所には火も水も明かりもないが、偽りの魔術師と本物の魔術師が二人掛かりで魔法を使えば大体のことには不自由しない。
「ミナトさん大変です! エミリアさんの荷馬車には肝心の食材がありませんでした」
早速、不自由した。




