第430話「王都の家に帰ってみた②」
二階に上がった俺たちは、二手に分かれて自分たちの部屋を確認する。
「部屋の中は特に変わりなさそうだな」
「明日の着替えを持っていきましょう」
「パジャマも持っていきますね」
ティナとユナが着替えを取り出しているうちに、俺は部屋の木窓を開けてみた。
「暗くて何も見えんなあ……」
今日の夜空は曇りみたいだ。
あまりに暗いので、木窓の外には何もない空間が広がっているかのように錯覚する。
何とも不思議な感覚だな。
「はい、ミナトのパジャマ。あと、替えの下着も選んで」
俺はティナに促されるまま自分の下着を選ぶ。
ちなみに俺たちは、服以外にも冒険用と普段用の下着を分けている。
冒険中は濡れたり転んだりする事もあるから、細くて薄っぺらい下着は使えない。
つまり日常に戻ったことで、ようやく見えない部分のオシャレが楽しめるようになったわけだ。
俺とティナとユナの三人は、それぞれの着替えを持って部屋を出た。
「サキさんの方はどうだった?」
「特に変わらんの。服だけ持ってきたわい」
サキさんの部屋も異常なしか。
では最後に、二階の大部屋を確認しておこう。
俺たちは全員で隣の大部屋に移動するが、この部屋も特に変わった様子は無かった。
「馬小屋の方はどうなっているんでしょうね?」
ユナが木窓に手を掛ける。
大部屋の木窓からは、玄関とガレージの扉側、家の裏手に離れの建物など、下の様子をぐるりと見て回れる。
生憎と今は真っ暗で何も見えないが。
「酷い事になってますよ……」
「何も見えんわい」
「今は無理だ。明日の朝もう一度確認しに来よう」
暗視のイヤリングを付けているユナだけが見えても仕方ない。
今日はここで切り上げる事にして、俺たちはテレポーターから宿の部屋へと戻った。
翌朝、再度テレポーターで家の中に戻った俺たちは、改めて二階の大部屋に向かう。
離れのトイレと馬小屋が見下ろせる木窓を開けると、信じられない光景が目に入った。
「トイレも馬小屋も、雪に埋まって屋根すら見えない……」
「おかしいわね。離れの小屋は雪の下だけど、それ以外の場所はそこまで積もってないわ」
ないわと言っても、積雪は余裕で一メートル以上あるのだが──。
「屋根の雪が落ちてきたんじゃないでしょうか?」
実はこの家、屋根から雪が落ちてくると、家と小屋の間にある通路状のスペースに雪が溜まるのだ。
以前にも、屋根から落ちた雪が馬小屋の中まで入り込んで、馬を鳴かせる事件があった。
あの時はティナが魔法で雪を片付けたが、今回はそうもいかない。
「欠陥住宅……」
ユナがポツリと呟いた。
「確かに……」
ここは手直しが必要だ。
中に馬がいたら窒息していたと思うし、この雪をどうにかするまで二度とトイレが使えないじゃないか。
ガレージ裏のスライドドアも閉まらなくなっているし、どうしたものか……。
「この雪はどうするのだ? もう魔法は使えんのであろう?」
頑張ってかき出すか、いっそ冒険者でも雇って、雪かきを手伝ってもらうか。
まあ人を雇うにしたって、ここから魔術学院の道に抜けるまでは、自力で雪をかき分けながら進まないといけないが。
本当にこの惨状、一体どうすれば良いのだろうか。
空だけは憎たらしいほどに青く澄み切っているが、俺たちの心は別の意味でブルーだった。
「む?」
「なに?」
小さく聞こえたボスンという音、雪の上に何かが落ちた音だ。
音がした方の木窓を開けると、家の裏でエミリアが雪に嵌まっているのが見えた。
「何やってるんだ?」
「石化した毒キノコと、魔法の掛かった武器を回収しに来たんですけど……」
「そういえば黒い湖のサンプルも、どこかその辺に転がっていると思うぞ」
「本当ですか!?」
エミリアは自分の腰よりも深い雪の中を、ごそごそと探し回っている。
「探せそうですか?」
「難しいですね。どの辺りでしょうか?」
「ずっと前に魚の燻製を作った辺りよ。なるべく同じ所に固めてテレポートさせたわ」
「エミリア、雪の上から魔力感知で探したらどうだ? 魔法の武器に反応すると思うぞ」
「そうしてみます」
エミリアは魔法で宙に浮くと、金属探知器を扱うように魔法の武器を探し当てた。
やっぱり魔法が使えると便利だな……。
「それでは、さっそく持ち帰って研究に使わせてもらいますね!」
「あ、待っ……」
俺が言葉を発するよりも早く、上機嫌のエミリアはテレポートで消えた。
「来たついでに玄関前の雪を何とかして欲しかったが、仕方がない。自分たちでやろう」
俺たちは久しぶりに作業着に着替えて、雪かきをすることにした。