第42話「猛攻、ワイバーン!」
俺たちが高台から避難して物陰に身を潜めていると、轟々と唸る風切りの音と共にワイバーンが頭上を通過した。あんなにデカい化け物が空を飛ぶのも信じられないが、想像よりも飛行速度が速いことも気になった。
「デカいし速い。あんなのに突進されたらそれだけで終わってしまうぞ」
「そうね。正面からぶつかるのだけは避けたいわ」
「頭の上を飛んでいるときに、四人で一斉に腹を撃ってみるか?」
「四人がタイミングをずらして偏差撃ちするのは難しいわよ」
「なんだそれ?」
ティナの話では、撃った矢が到達するまでの間にワイバーンが頭上を通過してしまうので、ワイバーンが頭上を通過するとき、矢が目標に到達するまでの時間を計算して早めに撃たないと当たらないらしい。
ここまでは俺も理解できている。シューティングゲームでは当たり前のテクニックだ。
更にティナは、俺とユナの弓、サキさんの弓、ティナのクロスボウの三種類で矢の速度が違うと言い出し、同時に撃っても全部は当たらないと指摘した。
ユナは「あー」と唸って納得したようだが、そんなに変わるものだろうか?
「どちらにせよエミリアとハリスさんは離れた場所に退避して欲しい」
「近くに資材置き場の小屋がありますんで、私らはそこに隠れるとします」
「エミリアはハリスさんと小屋の中にいろ。二人きりでな」
「あのー。攻撃魔法はいかがでしょうか? 導師クラスの攻撃ま……」
「もうよいからエミリアは下がっておれ」
「ハリスさんが一人で襲われたらどうするんだ? ワイバーンがそっちに行ったら攻撃魔法で時間を稼いでくれ」
「はい……」
周りにワイバーンが飛んでいないことを確認して、ハリスとエミリアは小屋の方向へ走って退避した。エミリアの気持ちもわかるが、ここでのワガママは命取りだ。
「どうせ一匹は巣から動かん。わしが一匹ずつ相手にするから攻撃に出んか?」
「うーん……少し待ってほしい」
しまったな。ワイバーンにコミュニケーション能力があるのか、エミリアに聞きたかった。サキさんの言う通りにしたいが、巣にいるもう一体を呼ばれたらやっかいだぞ。
「もう一体が来ることを想定して戦うしかないわね」
「うむ。最初の一体は確実にわしが仕留めてやる。ミナト、決断せい」
全く、サキさんはいつもこれだ。
「では、最初の一体は四人で撃って地上戦に持ち込み、サキさんがそれに当たる。二体目が現れたら、俺とティナとユナで気を逸らそう。俺たち三人は固まって応戦する。攻撃を仕掛けてきたら俺が魔法で防ぐから、二人はワイバーンを攻撃し続けてくれ」
「うむ」
「わかったわ」
「わかりました」
「サキさん、二体目を確認した瞬間から俺の魔法支援は無いからな」
「問題ない。わしを信じろ」
俺たちは身を隠している場所から出て、もう一度高台へ登った。本当は森のような場所があれば良いのだが、ここ一帯は見渡す限り土と砂利ばかりだ。
この高台の地形も空を飛ぶワイバーンには関係ないが、俺たちにとっては足場が悪いだけの不利な条件でしかない。
ワイバーンの一体は巣の中から動かない。もう一体は相変わらず上空を大きく旋回し続けているようだ。
俺たちは高台を降りてから、今度は物陰には隠れずに四人で弓を構えている。高台の部分が上手く死角になってくれるので、出合頭に一発かましてやる作戦だ。
「風切り音が聞こえてきた。そろそろ来るぞ」
俺たちは弓を引いて待機した。ワイバーンの羽が震えているのだろうか? 独特の風切り音のせいで、こちらからは丸わかりなのが唯一の救いだ。
「……撃てーーっ!!」
高台からバサッと現れたワイバーンの腹にめがけて、俺たちは一斉に矢を放った。4本の矢のうち、3本が放物線を描いて高台の向こう側に消えていく。
「手を休めるな! 次!!」
攻撃に気付いたワイバーンは俺たちの頭上で体を丸めると、有り得ない角度でくるりと反転し、そのまま一直線に落ちてくる。
頭上で反転したワイバーンに狙いを付けて、俺が第二射を放った瞬間、腰骨の辺りを誰かに蹴られて吹き飛ばされた。
地面に突っ伏したままその方向に頭を向けると、魔槍グレアフォルツに持ち替えたサキさんがワイバーンと対峙している。
ワイバーンは鳥の鳴き声を潰したような咆哮をあげながらサキさんの目の前まで急降下すると、10メートル以上ある大きな羽を力強くはためかせた。
サキさんはワイバーンの後ろ脚を斜め後ろにかわすと、一瞬飛び立とうとしたワイバーンの下顎めがけて槍を突き刺し、宙に浮こうとする力を使って真横に薙ぎ倒す。
薙ぎ倒したワイバーンからするりと抜けた槍を、今度は首の付け根辺りに突き刺さそうとした時、不意にワイバーンの尻尾が動いた。
尻尾の動きに気付いた俺は、精霊石の入ったポケットに手を突っ込むと、ワイバーンの尻尾の先に氷の塊を作ってやった。
「ぐおっ!?」
氷の塊で覆われたワイバーンの尻尾がサキさんの脇腹に直撃し、鉄球で殴られたようにうずくまるサキさんは、それでも魔槍グレアフォルツをワイバーンの下腹に突き刺したあと、堪らずに地面を転がり回った。
「ミナトさん! もう一体来ました!!」
「くそ! サキさん! あとは自分で何とかしろ!!」
やはり先程の咆哮で呼び寄せてしまったか。
ティナとユナは俺にくっ付くようにして弓とクロスボウを放つ。前回の射撃で学んだのか、今回は2本ともワイバーンの胴体に刺さったようだ。
俺は先程誰かに蹴られたときに弓を手放してしまったので魔法に集中することにした。
いつも持ち歩いていたハンドアックスは、すっかり家の薪割り用になっているため、弓を失った俺は丸腰の状態だ。
サキさんの方へ向かっていたワイバーンは、腹に矢を受けたことに怒ったのか大きく旋回して俺たちの方へ飛んで来た。
「伏せろ!」
俺たち三人が咄嗟に寝転ぶように伏せた瞬間、ワイバーンの巨体が猛スピードで頭上をかすめ飛んでいった。
遠ざかるワイバーンは急上昇をして旋回すると、今度は先程よりも更に低空を飛んでこちらへ突撃をかましてくる。
ユナは片膝を付いた状態で攻撃を加えたが、その矢は突進するワイバーンのうろこに弾かれた。ティナはクロスボウの第二射を諦めて、レイピアを抜き放つ。
俺は二人の前に出て、突進してくるワイバーンを見定め……寸でのところで土の精霊石を一気に解放した。
俺の目の前でドスン! という音と共に、壁の向こうから強い衝撃が伝わってくる。
俺が出した石の壁にワイバーンが激突した音だ。
「注意して回り込め!」
俺たちは石の壁を迂回してワイバーンのいる側へ回り込んだ。突然目の前に現れた石の壁に頭を強打したワイバーンは殆ど動けない状態だ。
ティナはワイバーンの後ろに走り、他には目もくれずに尻尾の毒針をレイピアで切り落としている。ユナも横向きになったワイバーンの腹に矢を射続けた。
俺はワイバーンの頭を氷漬けにする。今の状態なら多少氷が薄くても割られる心配はないだろう。更に念を押してワイバーンの上に石の壁を乗せておいた。
スマートな戦法ではないが、俺とティナとユナの力では確実な止めなんて刺せない。
「サキさんはどうなった!?」
作戦通りにしたとはいえ、サキさんが心配になった俺は慌ててそちらの方を確認した。
サキさんとワイバーンの死闘は大詰めを迎えているようだ。足元にはロングソードとワイバーンの尻尾らしき物が落ちている。
魔槍グレアフォルツで何度も突かれたワイバーンの腹は血まみれになっていて、血しぶきなのかサキさんの傷なのかもわからない程に全身を真っ赤に染めたサキさんが、ワイバーンの胸にめがけて最後の一突きを入れる。
サキさんが抉るように槍を押し込むと、遂に力尽きたワイバーンは大地に倒れた。
「ううう……おおおお……! ウオオオオォォォォーーッ!!」
魔槍グレアフォルツを掲げて、全身血まみれのサキさんが吠えた。
「勝った! 勝った!! 勝った!! 見たか!! 勝ったぞおおおお!!」
両腕を何度も振り上げて喜ぶサキさんの、あまりにも壮絶で泥臭い姿に俺たちはちょっと引いてしまった。ここまで興奮していると、声も掛けづらい。
「あの人何て言ったっけ? ここの責任者、そいつとエミリアを呼んでこないとな」
「ハリスさんですね」
「そうだ。ワイバーンに必死過ぎて、もう名前が記憶から飛んでた」
ハリスとエミリアを呼ぶのはティナとユナに任せて、俺はサキさんが落ち着くのを待っていた。
「落ち着いたか?」
「見たかミナト! わしはワイバーンを倒したぞ!!」
「凄かったな。最初の弓も当てたのサキさん一人だろ? 俺は尻尾を凍らせてやったがダメージは与えてない。サキさん一人でやったんだ」
「そうか! そうか!」
落ち着くのはもう少し掛かりそうだな……。
俺はサキさんの血まみれの手で何度も肩を叩かれたので、せっかくティナが選んでくれたジャケットに血が付いて行くのが気になった。
ワイバーンの死骸を見ると改めて壮絶さがわかる。これは人間一人で相手にできるようなモンスターとは到底思えん。
サキさんは兵というより、もはや武士の域に足を突っ込んでいると思う。俺とは違って運や小細工なしでこれだから堪らんよなあ。
「怪我見せろよ。尻尾に殴られた脇腹とか」
「もうどこが痛いかなんてわからん!」
笑いながら言うな。しかも無駄に良い笑顔なんでどうしょうもない。
俺はサキさんをパンツマンにしたあと、水の精霊石で全身の血を洗い流してやった。
「脇腹は酷いアザになってるな。骨は折れて無さそうだが。太ももの傷が深いな。ニヤニヤせずに押さえてろ。鎧も傷だらけだ……」
俺は生命の精霊石を使って傷を塞いでやる。やっぱり元の世界での知識が役に立っているのだろう。サキさんの怪我はみるみるうちに回復した。
「良かった。これなら傷も残らんな」
「一つくらい残しておいて欲しかったわい」
血でドロドロの服と鎧を平気な顔をして着始めるサキさんを見て、俺は呆れるしかなかった。




