第423話「荷馬車の入れ替え」
壊れた荷車と荷馬車の位置を入れ替えるため、全員の退避が完了したのを確認してから、俺たちは作業に取り掛かった。
「サキさんは後ろの荷馬車に乗って待機。壊れた荷車を浮かしたら前進してくれ」
「良かろう。前進の合図はおぬしに任せるわい」
「ユナは馬を引いて、後ろに下がっておいてくれ。ティナは荷車を浮かせてから、空中で180度回転させる。方向転換が終わったら地面に下ろして欲しい。魔霊石の魔力で足りそうか?」
「荷車単体の重さなら、なんとかなりそうよ。でも手早くね」
魔霊石一つの魔力はそれほど多くない。
サキさんが手早く荷馬車を動かせるかどうかに懸かっているな……。
「準備ができたら始めてくれ」
──やや間があったものの、片輪の無い荷車が浮き始める。
「いいぞサキさん、急いで前に進んで」
「うむ」
しかし、物資を満載した荷馬車は鈍重な出足し。
一体どれだけ積んでるんだよ……。
「荷車の回頭はその位置で固定して、入れ替わりを優先しよう」
何とも中途半端な角度のまま、壊れた荷車はサキさんの頭上を飛び越えていく。
それと同時に、後ろの兵士たちからはどよめきが起こる。
人の力では持ち上がらない荷車が、何メートルも宙に浮いて意のままに動いているのだから、無邪気に凄いと拍手喝采が沸き起こるような空気にはならなかった……。
「入れ替わりはできた。回頭を続けてくれ」
荷馬車を飛び越えたところで回頭の続きを指示するも、壊れた荷車は回頭と降下を同時に行いながら、少々荒っぽく着地した。
魔霊石の魔力が尽きたのか? 思ったよりも燃費が悪いな。
「魔霊石はまだ残ってるわ。車軸が抜けそうになったから、急いで降ろしたのよ」
そういえば、片輪が取れている状態だったな。
残った車輪は固定しておくのが正解なんだろうけど、機械の構造に疎いこともあって、そこまで気が回らなかった。
サキさんの頭上に部品が落ちなくて良かったと思う……。
その後、新しく手配した荷馬車は先を急ぐように出発した。
とは言っても、歩く速度と殆ど変わらないから、次の野営地に到着するのは夜だろうな。
一方、壊れた荷車の元には、商人風の若い男と、護衛を兼ねた二名の兵士が残された。
幸い荷車を引く馬は残されているが、車輪を失った側面は兵士が支えて進むしかない。
どうするのかと聞けば、何とか三人で一つ前の野営地まで戻るそうだ。
ここから一番近い拠点とはいえ、荷車を支えながら移動するのは大変だと思うぞ。
「とにかく、この度はありがとうございました。後日必ずお礼をしますので、公都に戻ったら是非うちの商会にお越しください」
そう言って若い商人は、ポーチから取り出したメモ用紙に走り書きをして俺に渡す。
捨て置かれる荷車に哀愁を感じて手助けをしたつもりだが、結果的には魔法の押し売りみたいになってしまった。
だいぶ前にジャックから指摘された事だが、情けなくも身についてなかったな……。
「結局どこが壊れているんですか?」
ユナが商人に尋ねると、商人は現物を取り出して、壊れている部分を説明してくれた。
「車輪の穴には、車軸を受け止める為に鉄製の軸受けが嵌まっているんですが、軸受けの外にある木材が割れてしまって──」
「ハブが割れたせいで、ベアリングを支えきれなくなったんですね」
「専門的な名称までは知らなくて申し訳ない。現状はその通りだと思います」
何故かユナは詳しかった。
俺はユナに、直せるものか聞いてみる。
「無理ですね。ここは想像以上に負荷が掛かる部品なんです。工具も何もありませんから、ダメ元でも魔法で石の車輪を作った方が早いですよ」
石の車輪か──。
偽りの指輪さえあれば、俺がちゃちゃっと適当に車輪を作ってみせるんだが。
ティナの方に目を向けると、両手で大きなペケ印。
車輪として耐えうる強度の石を作る自信がないらしい。
作れないものは仕方がない。結局彼らは難儀する方法で野営地まで戻る事となった……。