第422話「立往生」
昨晩は風呂で温まったおかげで、何日かぶりに目覚めが良かった。
「あと二日で公都に戻れると思うが、急げば今日中に戻れるかもな」
「何も襲ってこなければ間に合いそうですね」
公都エルレトラからここに来るときは、馬に載せた荷物が多くて歩いたからな。
幸か不幸か、大幅に荷物を失った今なら、馬から降りて交代で歩く必要もない。
見通しの良い場所さえあれば、馬を走らせて距離を稼げるぞ。
「私たちが最初に使った道から誰か来ましたよ」
「きっと公都から来た冒険者ね」
「昨日通ってきた新しい道だと遠回りになるからな。俺たちも古い道を使おう。公都に戻るなら、その方が早い」
しかし朝一番、徒歩でここに辿り着くのも凄いな。
恐らく夜を徹して歩いてきたのだろう。
人数は……六人いる。全員二十代だと思われる若い男女と、性別はわからないがエルフのような人物、そしてやたら落ち着きのない子供が一人……。
こんな所に子供を連れ回しているのか? 正気の沙汰とは思えんな。
「では、出発するかの?」
そうだそうだ、同業者を物色している場合ではなかった。
まあ、メンバーの中のエルフは確実に魔法が使えるだろうし、見た目に反して相当な実力のあるパーティーに違いない。
「よし帰ろう!」
ターンレイクを出発した俺たちは、古い方の道を使って帰路に就く。
途中、風の精霊に襲われた現場を通り過ぎるも、特に襲撃の憂き目に遭うことはなかった。
「あまりいい思い出のない道だからな。さっさと通り過ぎよう」
言わずもがな、ユナも馬の脚を早めている。
何事もなく街道に出た俺たちを待っていたのは、荷馬車の車輪が外れて立往生している兵隊たちの姿だった。
荷馬車の向きから察するに、公都から物資を運んでくる途中で壊れたようだ。
壊れた荷馬車の後ろには空の荷馬車が控えていて、新しく手配したであろう空の荷馬車に物資を移し替える作業をしていた。
「間の悪いところで足止めされてしまいましたね」
こればかりは仕方がない。
作業が終わるまで暫く待っていよう。
俺たちは少し離れた場所で見学することにした。
……物資の移し替えが終わると、今度は商人らしき人物と兵士が押し問答を始めた。
新しい荷馬車が先へ進むには、壊れた荷馬車の前に出ないといけないのだが、この街道は荷馬車が一台通るだけで道幅いっぱいになる。
そこで、壊れて動けない荷車の部分を崖下に捨てることで、とりあえず道を開けようという流れに傾いているようだ。
「いやいや、バカな事を言わんでください。新しい車輪に変えたら直るのに、ここで使い捨てたら次の仕事ができなくなります!」
話の流れに反対しているのは商人風の若い男だ。
「それは分かるが仕方が無かろう。入れ替わりはおろか、ここでは転進すらできんのだ」
護衛任務の隊長らしきおじさんが説得を試みているようだが、話は平行線のまま進まない。
「これ終わりそうにないな。サキさん、壊れた荷車を持ち上げてやるって話して来い」
「できる訳無かろうが」
「冗談だ。虎の子の魔霊石を使おう」
俺たちは商人風の若い男と、隊長らしきおじさんの所まで歩を進めた。
「話しは聞かせて貰ったけど、とりあえず前後の荷馬車を入れ替えればいいわけ?」
俺は馬を降りてから、わざとらしく大剣を片手に話しかける。
この大剣、とにかく分かり易い程にハッタリが効くから、ちょっと癖になりつつあった。
「ええ、そうですとも。理屈だけは簡単なんですがね……」
「それじゃあ、壊れた荷車を持ち上げるから、全員離れておいてくれる?」
「おいおい、女の細腕じゃ……いや、全員離れるんだ。ここは彼らに任せるとしよう!」
隊長のおじさん、俺が荷車を持ち上げる気かと笑っていたが、馬を降りてきたティナを見て、その態度を改めた。
ティナが着ている魔術師のローブは灰色。
地味な色だと思うかもしれないが、魔術学院に身を置く導師と同等の実力があると認められた魔術師にだけ贈られる色のローブだ。
この隊長は、その辺りの事情に詳しいのだろう。