第41話「銅の採掘場」
「私はいやです! 浴槽くらいフェルフィナ家で用意します! せめてティナさんだけでも置いて行ってください!!」
「ミナト、この女は何を言うとるのだ?」
「エミリアさん落ち着いてください。ちょっと数日出掛けるだけですから……」
状況を説明せねばなるまい。夕食のあと、いつものように食後のハーブティーで雑談をしていたときのことだ。
俺たちが明日の夜明け前には冒険に出ると知ったエミリアは、明日の朝からティナのご飯が食べられなくなるとワガママを言っているのだ。
大の大人であるエミリアが、小さな女の子の手料理が食べられなくなると言って駄々をこね、それをなだめる女子中学生というシュールな光景だ。
俺も大体こんな感じで駄々をこねているのだが、みっともないから止めようと思った。
「じゃあエミリアも来いよ。エミリアの家ならデカい荷馬車くらいあるだろ? それ持って来いよ。調理道具が入るやつ。そうしたら明日もティナの料理が食えるぞ?」
「すぐに用意してきます! 勝手に出発しないでくださいね? 絶対ですよ!?」
エミリアは俺の胸元を掴んでゆっさゆっさしたあと大急ぎで帰って行った。
「俺はエミリアと初めて会ったとき、聡明で優しいお姉さんだと感じたのだが」
「そうですよね。今みたいな恥ずかしい大人じゃなくて、もっと知的でクールな女性だと思っていました」
「エミリアは股を握りながら全裸で小躍りするわしを我慢強くなだめてくれた……」
「お前がこの世界で初めて取った行動がそれか……」
「私はサキさんの奇声で目が覚めたわ。軽く悲鳴を上げたわよ」
「サキさんのせいでティナの第一声が悲鳴になったのか。サキさん最低だな。ちなみにどんな悲鳴だったのか気になる」
「きゃぁぁぁ……って。小声で」
『今のかわいい』
「……どっちが本当のエミリアなのかしらね?」
ユナに恥ずかしい大人と言われたエミリアさんだが、あの女は本当に付いてくるのか?
荷馬車でニートしてティナの飯を食うだけだったら正直いらないんだが……。
俺たちは遅くなる前に今日の下着を洗って、四人並んで歯磨きをしたあとベッドに潜った。夜明け前に出発だというのに、あの女は打ち合わせもへったくれもなく出ていったので予定がめちゃくちゃになるかも知れないな。
翌朝まだ暗い時間に起きた俺たちは、朝の支度を済ませて洗濯物を取り込んだあと、家の戸締りをしていた。
「エミリアはどうなったんだろうな? もう出発したいんだが、ほんとに荷馬車持ってくるようなら調理道具とか食材とかここで積み込まないとだめだし」
「わしらは観光旅行に行くわけではないのだ。信頼できん奴はいらぬ。出発を指示せい」
「どうするの?」
「森の道が狭いから魔術学院の手前で待ってるのかも。そこに居なかったら無視して行こう」
「そうですね。すぐ用意してくるって言ったきりですし、それでいいと思います」
俺たち四人と二頭の馬は、王都オルステインの東に位置する銅の採掘場へ向かうために出発した。
俺たちが森を抜けて魔術学院への分かれ道に差し掛かった頃、目の前に大きな荷馬車が現れた。
「おはようございます。準備に手間取ってしまって申し訳ありませんでした」
「本当に来るのか」
俺が魔法の明かりで荷馬車を照らすと、四頭立ての大きな荷馬車が確認できた。
「家族旅行のときに使う荷馬車なので、大抵の物は中に揃っています。このまま学院に行きましょう」
「魔術学院に行ってどうすんだよ?」
「ワイバーンの研究ということにして、儀式テレポートの準備もしてあります。銅の採掘場近くにあるマラデクの町まで一気に飛べますよ」
こいつは自分のワガママのためなら容赦ないな。テレポートをしてみたかった俺はちょっと興奮してしまったが、好き放題にも程がある。
「帰りはどうするんだ?」
「ゆっくり荷馬車の旅でも良いのではないかと……」
俺たちが魔術学院の門をくぐって、いつもエミリアがいる方向とは逆の方へ馬を歩かせると、グラウンドのような広場に出た。
グラウンドには数人の魔術師が空中に魔法陣を作っている。魔法の光で発光する魔法陣は結構明るく、照明が不要なくらいだ。
「魔法陣の下に入ってください。マラデクの町まで一瞬で移動しますよ」
「この辺りでいいかな……」
俺たちが魔法陣の下に固まって移動すると、エミリアの合図で空中の魔法陣が落ちてきて、それは一瞬で地面に吸い込まれるように消えていった。
地面に吸い込まれた魔法陣の光が消えると、そこは魔術学院のグラウンドではなく、俺たちは街道のような場所に立ち尽くした状態になっている。
「これは移動できたんですか?」
「できたようね。見て、空の明るさが違うわ」
ティナが指さした方向を見ると、王都では夜明け前だった空の色が若干明るいことに気付かされる。
普段エミリアが使っているテレポートは、どちらかといえばゲートに近いイメージだったが、俺たちが体験したテレポートは正真正銘の瞬間移動だった。
「みんな自分の体に違和感はないか?」
「うむ」
「なさそうよ」
「大丈夫です」
サキさんが股をゴソゴソしているので、俺も負けじと自分の股間を触って確認した。
……何も生えてなくて安心した。以前エミリアが言った通り、テレポートは召喚魔法とは別物のようだ。
今俺たちがいる場所は、マラデクの町の入り口付近にある街道だ。町の入り口は見えているものの、こんな時間に町をうろついても仕方がない。
「エミリア、銅の採掘場まではどのくらい掛かるんだ?」
「ここからだと二時間くらいでしょうか」
「このまま採掘場に行こう。早めに着けば状況確認もしやすい」
特に反対意見も無かったので、エミリアの案内で採掘場へ移動することにする。
暫く馬を歩かせていると、遠くに見える山脈の影から太陽が昇ってくるのが見えた。俺たちは街道から南下しているのだが、採掘場へと続く道は街道よりも広い。
「広い道ね」
「はい。大きな荷馬車がすれ違えるようにしているのでしょうね」
「入り口が見えてきおったわい」
サキさんの言う通り、言い訳程度の簡単な柵で閉められた採掘場の入り口らしい門が見えてきた。辺りはもう明るい。ここに来るまでにすっかり朝になってしまったな。
この辺りはあまり植物が生えていない場所だが、門の奥は土と砂利だけの風景が広がっている。
「誰もおらんのか?」
「門の横にある小屋に誰かいるかもしれん。サキさん付いて来い」
俺とサキさんは完全武装のいで立ちのまま柵の隙間に身を通して、一番近くにある小屋の扉を叩いた。
「ワイバーンの討伐に来た冒険者である! 誰かおらぬか!!」
サキさんが大声を出すと奥の方から声がして、やや経ってから小屋の扉が開く。
「朝早くからすみません。ワイバーンの討伐に来たニートブレイカーズのミナトです。ここの責任者の方とは会えますか?」
「あんたらがワイバーンを始末してくれる冒険者か。ちょっと待っててくれ」
筋肉質でガラの悪そうな男が出てきたので一瞬ビビってしまったが、その男はすぐに小屋の奥へ行くと、小さなテーブルでパンをかじっている小太りの男に声を掛けた。
「よう来てくださいましたな。私が責任者のハリスです。もう困っとるんです。早く退治してください」
「銅の値段が上がって王都も困ってます。何とかするので状況を教えてもらえますか?」
食いかけのパンを片手に、もう片方の腕は手拭いで自分の短髪を拭きながら、小太りのおっさんハリスは言った。もう長い間洗っていないようなツナギの作業服を着ているせいか、近寄られると酷い臭いがする。
俺たちは荷馬車を門の中に入れたあと、ハリスに大きなテーブルを用意してもらい、小屋の横に設置して作戦本部を作っている。
コイス村でカルカスがしていたのを思い出して真似してみたのだ。人数も多いし武器もかさばるから、野外の方が何かと動きやすいと感じる。この方法は良いな。
現在テーブルを囲んでいるのは、俺たち四人とエミリア、責任者のハリスと各持ち場のリーダー格が数名といった具合だ。
「ほう。採掘現場への途中にワイバーンが巣を作ってしまったのだな」
「そうですそうです。仕方なく別の場所を掘るハメになったんですが、これがなかなか捗りませんで。ずっとワイバーンに怯えながら作業するもんですから、掘るに掘れません」
「なるほどの。ではその詳しい場所を教えて頂こうか。安全に確認できる場所があればなお良い」
今回はサキさんが話を進めている。俺たち四人はサキさんの後ろに隠れるようにして話を聞いている状態だ。
こんな場所に女が四人も入ってきたものだから、特にエミリアの目立つボインのせいで男たちの鼻息が荒くなり、作戦どころではなくなってしまったのだ。
俺もそれなりにおっぱいはあると思うんだが、エミリアに並ばれると全く歯が立たない。このままでは悔しいので、いつかエミリアのサイズに追い付きたいと思う。
俺たちはハリスに案内されて採掘場の荷馬車で現地に向かった。エミリアは門のところで待っていれば良かったのに、自分のおっぱいに集まる視線に気付いて俺たちとの同行を申し出てきた。
採掘場は開けた場所もあれば山のようになった場所もあり、掘り進めて放置された穴は水も捌けずに池となった場所など、そのどれもが土と砂利ばかりだ。
「ここからワイバーンの巣が見えますよ」
荷馬車を降りて少し高くなった場所に登ると、奥の方にワイバーンが作ったと思われる巣が見えた。やはり10メートル級の巣ともなれば、倒木のような物から枕木のような物まで、大きくて頑丈な木材を外側に張り巡らせるようだ。
「丸太のような木もありますね。自分で運んでいるんでしょうか?」
「ワイバーンは牛でも掴んで空を飛びます。あの程度なら造作もないでしょう」
「捕まって空中にさらわれたら助からないな。サキさんは注意しろよ」
「うむ」
巣の中にはワイバーンの一体がゴソゴソと蠢いているのが見える。丸まっているようだがとにかくデカい。10メートルがここまで大きいとは思わなかった。
「残りの一体はどこにいるのかしら?」
「わからんな。餌でも取りに行っているのか? もし帰って来ないようなら奇襲のチャンスだ……」
「奥の方で飛んでる黒い点じゃないですか? どんどん大きくなっていますよ」
「すぐにここから降りましょう。たぶん辺りを警戒しているんです」
エミリアに言われて、俺たちは急いで高台から降りて物陰に身を潜めた。




