第416話「焚き火の跡」
「では、私とサキさんは北回りで行ってきます」
「頼む」
ユナはサキさんを馬の後ろに乗せると、崖沿いを北に向かって走らせた。
暗視のイヤリングを身に着けているユナは、周囲の明るさに関係なく馬を操ることが出来る。
四人の中では一番良い条件で馬に乗れるため、遠回りの可能性がある北回りを引き受けてくれたのだ。
「俺たちも行こう」
「ええ……」
俺はティナを馬の後ろに乗せて、南に回頭した。
魔法のランタンがあるとはいえ、人が寄り付かない場所での移動は楽ではない。
「ちょっと速くない?」
「速いか?」
「速いわ。大丈夫なの?」
馬を走らせてすぐに、後ろのティナから注意を受けてしまった。
特に急いでいる訳ではないのだが、暗闇の中で出すような速度ではなかったらしい。
「…………」
十分対応できるだけの余裕を残していたつもりなんだが、俺は馬の速度を緩めた。
俺たちが使っている魔法のランタンは、無指向性の灯りが狭い範囲を照らす室内照明向きの魔道具だ。
例えば車のヘッドライトのように、前方を遠くまで照らすような構造はしていない。
それでも普通のランタンよりは明るいのだが、街道以外の険しい場所では、馬の速度を上げられるほどの光量は得られない。
「今日は不思議と危ない感じがしないんだよな」
俺は直感で察した地面の窪みを小気味良く避けた。
ランタンの明かりに照らされる少し前から、感覚として障害物の存在がわかる……。
ここ数カ月の間、偽りの指輪を経由した感覚に染まっていたが、自分自身の感覚もあながち馬鹿には出来ないなと改めて思った。
そんな調子だから、ティナに注意されては速度を落として、気が付くとまた速度が上がっているを繰り返す始末だ。
暫く馬を走らせていた俺だが、周囲に異変を感じて馬の脚を止めた。
「焚き火かな? 変な臭いも混じってるが……」
鼻にまとわり付く重たい臭い。
普通の焚き火とは様子が違う。
「脂身を溶かしてるような臭いね」
「ちょっと生臭いけど、それだな」
警戒しながら進んで行くと、砂をかけた地面から、まだ煙の立つ場所を発見した。
辺りにテントや人の気配はない。
夜間に活動する冒険者もいるみたいだから、時間になるまでここで休んでいただけかも知れないが。
「キャンプを設営した跡がないな」
人の足跡は無いのに、あるのは焚き火の跡だけか。
「火事になったら怖いから、もう少し砂をかけておくか……」
何故だか無性に焚き火の跡が気になった俺は、馬を降りて近付こうとした。
「待って!」
俺が焚き火の跡に砂を盛ろうとしたとき、何時になく大きな声でティナに静止される。
ティナの声に驚いた俺はその場で動きを止めるが、それと同時に、焚き火の跡の地面から茶色い触手が生えてきた。
「うわわっ! なんだこれ!?」
突然地面から現れた気持ちの悪い触手に、俺は半分腰を抜かして後退りする。
触手は一本ではない。
まるでイソギンチャクのように、焚き火の跡から無数の触手が姿を現している。
「…………」
俺は触手に捕まらないよう、音も立てずに雷の精霊石を取り出したところで……、偽りの指輪が使えないことを思い出す。
「こんなときに!」
魔法は中止!
俺は背中に背負っているミスリル銀の大剣を引き抜いて、焚き火の跡に巨大な刀身を突き立てた。