第415話「目の前の崖」
徹夜の覚悟で獣道を歩いている俺たちだったが、暫く進んでいると、草むらの奥にふわふわと漂う不思議な光を見つけた。
その光は大小が入り混じり、俺たちがイメージする蛍の光や人魂の類とは明らかに違う、どこか異質な光だ。
「光の精霊かの?」
「たぶんな。この近くで夜営している人間がいるのかも……」
日が暮れた後でも、光の精霊が発生することはある。
真昼間に闇の精霊が発生することがあるように、精霊という存在は、僅かな明かり、僅かな影であろうとも、発生するときには発生するものだ。
「また襲ってくるでしょうか?」
ここ数日で精霊の襲撃を受け続けたユナは、流石に警戒している。
「光の精霊はエネルギー体に近い存在よ。下手に触ると弾けるから気を付けて」
ティナも同様に警戒するが、光の精霊が襲ってくる気配は無い。
「通り過ぎるのを待とう。もしもの時は盾で防げば大丈夫だ」
しかし、光の精霊は俺たちを無視して、ふわふわと奥の方に消えて行った。
「ふむ?」
「もう少し先に進もう。そう離れていない場所に、野営中の冒険者がいるかもしれない」
そろそろ日付けが変わろうとするとき、俺たちの目の前に巨大な壁が現われた。
ほぼ垂直の高い壁は、ずっと左右に伸びている。
「これでは登れませんね」
地形的に考えると、今俺たちがいる場所は、ちょっとした崖の下になるのだろう。
この帰り道、幾度となく俺たちを苦しめてきた地形の一つだ。
本来こういった地形は、ティナの魔法で簡単に飛び越えていたのだが……。
「グレン、上の様子を見て来て」
「ワカッタ」
グレンは蝙蝠のような羽を広げて、崖の上まで飛翔した。
ティナが満足に魔法を使えない今、グレンの飛行能力は大いに役立っている。
「道ガアルゾ」
「街道か?」
「広イ道ダゾ!」
崖の上には街道があるとみて間違い無さそうだ。
何とかここまで戻って来られた。心なしかホッとするなあ……。
「問題はこの崖を、どうやって登るかですね」
崖の上に街道があることを知った俺たちは、プチ作戦会議を始めた。
「街道の近くに軍の野営地はあった?」
「無カッタゾ」
目に見える距離にはないのか……。
街道に出てからも、少し移動する必要がありそうだな。
この街道は、南北に伸びている。
未整備の街道を北に進めば王都オルステインの南門まで繋がっているが、どのみち今の季節は雪に埋まって進めない。
空でも飛ばない限り、何人も南へ引き返すしかないのだ……。
「一番近い軍の野営地を目指している訳だが、まずはこの崖をどうにかせんとな」
「そうね。とにかくここを登らないと話にならないわ」
多少危険を伴うが、ここは二手に分かれて、崖の上に登れる場所を探すしかない。
「俺とティナ、ユナとサキさんで分かれよう。グレンは上空から俺たちを見ていてくれ」
「どうやって連絡し合うんですか?」
「まず、この場所を起点として、グレンが空中に待機しておく」
「寒ソウダナ……」
「馬の後ろに乗っている者は、空中のグレンから見える角度に魔法のランタンを向けておく」
「モールス信号に似た合図を送るのね」
「そうそう。手でランタンの光を遮りながら、長い間隔で光を点滅させると崖を登れた合図。短い間隔で点滅させると、助けが欲しい合図……」
グレンは一方の点滅を確認したら、もう一方に同じ点滅で合図を送る作戦だ。
「両方同時に合図を送った場合はどうなるのだ?」
「基本的に助けを呼んでいる方を優先する。同時に崖を登ったときは、北に向かったチームが街道を走って南側に合流しよう」
本当はもっと細かい合図を決めると便利なのだが、何の訓練もなしに実行するなら2パターンが限度だろう。