第410話「九死に一生を得る」
背中を切り裂かれたと思った瞬間、俺は堪えようのない激痛に襲われた。
魔法で治せるとはいえ、傷の深さを想像してしまうと、全身から血の気が引く。
相当な出血があるためか、背中に張り付いたインナーの感触が不快で仕方ない。
「仕上げの一匹は何処であるか……」
精霊力感知が使えないサキさんでは、小人妖怪の正確な位置がわからない。
俺は最後の気力を振り絞って、小人妖怪が潜んでいる場所に闇の球体を放った。
地面を掘っただけの簡素な寝床──。
木の枝や常緑樹の葉を被せた天井から、日の光が差し込んでいる。
気が付くと朝だった。
「大丈夫? 痛いところはない?」
俺を覗き込むティナの顔が、視界いっぱいに映る。
「本当に危なかったんだから……。もう無理はだめよ?」
「うん……」
ティナの顔色を見る限り、俺の傷は相当な深手だったようだ。
あまり自覚はないが……。
そんな事よりも、昨日の戦闘は無事に終わったのか?
気になる点はいくつもあるが、今はとにかく体が重くて話をする気にもならない。
まるで、高熱を出して寝込んでいるような具合だ。
「………………」
そして俺は、再び目を閉じた。
次に目を覚ましたとき、地下の寝床には誰もいなかった。
俺は寝たままの態勢で、ゴソゴソと背中に手を回してみたりもしたが、切り裂かれた傷の感触は無い。
特に痛みも感じないし、ティナが良い具合に治してくれたんだろう。
二度寝にしては随分長く眠ってしまったが、朝に感じた体の重さは随分とマシになり、俺は寝床から起き上がることができた。
「もう起きても大丈夫なの?」
焚き木の前にはティナが一人。
辺りを見回すが誰もいない。
「ちょっと怠いけど大丈夫だ。ところでみんなは?」
「ユナとサキさんは、グレンを連れて食べ物を見つけに行ったわ」
まだ時間の感覚が麻痺しているが、今は夕方の少し前と言ったところか……。
気を失ってからの状況がわからない俺は、ティナから昨日の事について聞いた。
結局、小人妖怪は全部で6体もいたが、何とか全てを倒したらしい。
それから、俺の傷を治すために、ティナは魔霊石を一つ使い切ってしまったようだ。
「精霊石で魔法を使うと、古代竜の角の杖や、魔力向上の指輪が効果を出さないのよ」
「魔力で魔法を使うときだけ効果があるのか……」
実は初耳だったが、まあ一人前の魔術師なら精霊力なんて使わないもんな。
魔術師が精霊力で魔法を使うのは、まだ魔力の扱いに不慣れな時期くらいだ。
例えば明かりを灯すときに、魔力を明かりのエネルギーに変換するよりも、光の精霊力から直に光のエネルギーを取り出す方が簡単という具合に……。
話は逸れたが、俺の背中の傷、ちょっとヤバいくらいに酷くて、魔力満タンの魔霊石は残り2つしかないのだが、それを出し惜しんでいる場合ではなかったらしい。
俺の傷を見たユナが失神したと言うくらいだから、推して知るべしと言うところか。
「毛皮の方は上手く縫えたわよ。けど、服の方はもう駄目ね」
一応、洗って干してある俺の服は、大量の血で染まり大きな破れも目立つ。
今はまだ安易にゴミとして捨てられる状況ではないが、軍の野営地に辿り着いたら一番に焼却処分しよう。
しかし、今回は反省するべき点が多い。
まず、たとえ攻撃を防げない状況でも、防具を蔑ろにするべきではないな。
重ね着で動き難ければ、妥協点を見つけるまで何度でも試すべきだった。
たとえハードレザーの鎧でも、下に着込んでいればここまでの深手を負わなかったかもしれない。
予期せず高い勉強代になったが、これからは考え方を改めないとな……。