第40話「自由が過ぎても難しい」
昼に差し掛かった頃、すっかり充実した俺は冒険者の宿へ行く支度を始めていた。
ティナはバニースーツが気に入ってしまったのか、暫くバニー姿で部屋をうろうろしていたが、ようやくいつもの服に着替え始めたようだ。
「ティナのバニー姿かわいかったなあ」
「また着てあげるわ」
脱ぎ掛けのバニー姿で内緒の仕草をするティナに俺はムラムラした。いつも思うがムラムラしても発散する術を失った俺は一体どうすれば良いんだろう?
何でも知っているエミリアに聞いてみるか。あの女なら喜んで説明してくれそうだ。
戦闘訓練から戻ったサキさんとユナも合流して、俺たち四人は冒険者の宿へ向かった。
「ご主人、今日は冒険の依頼を貰いにきた」
「久しぶりじゃねえか。別の宿に鞍替えでもしたのか? てっきりくたばったのかと思っていたぜ」
「親父が冒険者の冬越えについてあんまり脅かすもんだから、不安になって街の外で安い家を買ったんだよ」
「なんだそりゃ。一言言ってくれりゃあ良いのによ……」
一週間ぶりに会った強面親父は、強面のまま少し寂しそうな顔をした。
「わしらはすでにミノタウロスも倒す実力だ。それなりの依頼を紹介して貰おうか」
「お前らの実力は十分だ。これからは宿の掲示板から好きな依頼を選びな」
強面親父が指さした先の掲示板には、様々な依頼書が張り出されていた。依頼書の中にはパーティー名とリーダー名の書かれたものもあり、それには打消し線と失敗のハンコが押されている。
親父に尋ねると、クエストに失敗したパーティーを晒す意味ではなく、依頼の難易度をより明確にするためにそうしているらしい。
当事者からすれば恥ずかしいだろうが、他のパーティーから見れば判断材料になる。
「親父が面倒を見てくれる期間は終わったということか。慎重に選ばないとな」
「モンスターの名前が書いてあっても、私たちでは判断できないですね」
「だのう。適当に選んだ敵が幽霊だったら困るわい」
困ったことだ。一応討伐以外の依頼もあるが……例えば問題を起こした村同士の仲介とか、探し物を見つけてくれとか、依頼の種類は多岐に渡る。
王都にやたらと詳しいとか、口八丁で相手を説得できるような人間であれば、戦う術がなくても冒険者として生きていけるのではないかと思えるくらいだ。
「まず俺たちの技能を考えてみよう。俺なら補助魔法だ。至近距離なら弓も使える」
「わしは槍、剣、短剣、弓で戦える」
「私は弓だけですね。短剣で身を守るのは無理でした」
「剣と弓が使えるわ。でも威力は無いわね」
「まいったな。これでは討伐クエストしか選べんな……」
仕方ないのでモンスターの討伐依頼から選ぶことにしたが、判断材料がない癖に自己責任なんていう困った状態なので、一人一枚ずつ依頼書を選ぶことにした。
それを親父に見せて、モンスターの特徴を聞いてから選択しようという段取りだ。
「俺が選んだのはこれだ。巨大ミミズらしいが報酬額がいい」
「やめとけ。こいつは全長30メートル、胴回りは天井くらいあるって話だ。お前らの武器じゃ表面を削るのがやっとだろうよ」
これはいずれ王都の正規軍が動くらしい。攻城兵器を持ち出すそうだ。
「私はこれです。山賊の討伐依頼です」
「俺たちは一度追いはぎに襲われて戦ったが、人が死ぬのは素直に喜べなかったぞ?」
「あ……」
ユナは依頼書を元の場所に戻した。
「わしはこれ。ワイバーンの討伐依頼」
「ワイバーンは最大で10メートルくらいになるドラゴンの仲間だ。空を飛び回るんで飛竜とも言う。こいつは尻尾に猛毒があって、脚で掴んだ獲物を刺す」
「こいつを倒せば我らの名も売れるか?」
「ドラゴンの仲間だからな。有名にはなるだろうよ。だがこの依頼は一体で終わりじゃねえ。同じ場所に二体確認されているぜ」
10メートルの飛竜が同時に二体か。一体なら倒せるかも知れんが、同時に襲われたら厳しいな。一体はサキさんが押さえるだろう。残りの一体はどうしようか?
「このキマイラ討伐はどうかしら?」
「こいつはライオンとヤギと毒蛇の頭を持った魔法生物でな、空は飛ばんが知能が高くて魔法まで使いやがる。お前らが持ってきた中では一番まともだが、相性が悪いとワイバーン以上に苦戦するかもな」
魔法を使ったり知能が高いのは厄介だ。やるならワイバーンか?
「ワイバーンとキマイラはどんな悪さをしておるのだ?」
「キマイラの方は人里離れた山奥で目撃された。まだ被害はないが放って置くわけにもいかんので討伐対象になったって寸法よ」
「なるほどな」
「ワイバーン二体は銅の採掘場に居座りやがった。王都で銅の値段が高騰している原因だな。最近じゃあ銅貨を溶かして捕まる奴までいるんで、こいつの方が迷惑だぜ」
「こいつらのせいで湯沸かし器の値段が跳ね上がったのか。許せん!」
サキさんがやる気なのも手伝って、俺たちはワイバーン討伐の依頼を受けることになった。ワイバーン討伐は一体で銀貨1万3000枚、二体なら銀貨3万6000枚だ。
銅の採掘場は、王都オルステインから東に歩いて約5日で到着できるらしい。途中に町や村も点在するので、補給に困ることはないと教えられた。
「ニートブレイカーズ……ミナト……これで良かったかな?」
「そうだ。まあ、せいぜい死なずに帰ってくるんだな」
夕方までにはまだ時間もある。俺たちは武器屋と雑貨屋に立ち寄ることにした。
「ティナでも引けて威力が出るような弓はないだろうか?」
「難しい要求をしてくるなあ……」
俺が武器屋の兄ちゃんに相談すると、兄ちゃんは店の奥から在庫品を持ってきた。
「クロスボウって言うんだ。高価な割に矢を撃てる角度に制限があるし、準備に手間取るし、弓と同じ矢が使えないしで、ウチの店では人気がないんだけど……」
ボウガンか。威力不足は解決しそうだが。
「これなら下手な弓より威力はあるし、巻き取り機もあるから女の子でも扱えるよ。自力で引っ張るよりも手間は掛かるけどね」
「見た目よりもズッシリ来るな。ティナは持てるか?」
「構えて撃つだけなら出来そうよ」
「モデルはこれだけか?」
「これが最後でね。もう売れないから奥にしまってあったんだ。これでいいなら半額にするよ。ちょっと錆びてきてるし」
今の弓は下取りして貰って、俺は半額のクロスボウを買った。専用の矢は通常の矢と比べて倍以上の値段なのだが、在庫限りなので全て買い取った。全部で60本ほどある。
武器屋で用を済ませたあと、雑貨屋で足りない日用品を買い、俺たちは家に帰った。
「わしは銭湯に行く」
「気が済むまで入ってこい。あと、お前は歩いて行け」
サキさんが一人で銭湯に行ってしまったので、俺とティナとユナの三人は荷造りと夕食の支度をしている。明日は夜明け前に出発する予定なので、途中で食べる弁当の仕込みも同時にしている。
「帰って来るまでティナの料理が食えなくなるのは嫌だなあ」
「そうですよね……」
「ここはティナに任せて洗濯でもしよう」
俺たちが洗濯と食事の仕込みを終えた頃には、夕方に差し掛かろうという時間になっていた。銭湯が込み始めると面倒だ。
白髪天狗には俺一人、ハヤウマテイオウにはティナとユナの二人が乗って、いつもの銭湯へ向かう。
「そういえば、王都の銭湯は他にも数カ所あるみたいですね」
「そうなのか? まあ、それもそうか」
俺に続いて体を洗い終わったユナが教えてくれた。ユナはナカミチの工房に色んなお茶を差し入れに行くとき、ハヤウマテイオウで王都散策をよくやるらしい。
他の銭湯も気になるが、カナンの銭湯みたいに因縁を付けられるのは怖いし、変な客層と会わない今の銭湯でいいかなと思う。
いつかサキさんにも教えてやるか。好みの男が見つかるかも知れんからな。
俺とユナはティナが洗い終わるのを待ってから、三人一緒に浴槽へ浸かった。次に帰って来た時も三人揃って入らんとな。勿論、壁の向こうのサキさんもだ。
俺たちが家に帰ってきてもサキさんはまだ銭湯にいるようだった。俺は夕食ができるまでの間、武器や背負い袋を広間の隅に移してから、家の外で精霊石の充填を行っている。
俺が精霊石の充填を終えた頃になって、ようやくサキさんも銭湯から帰ってきた。
「随分長かったな」
「うむ」
サキさんは充実した顔で答えた。
俺とサキさんで馬の世話をして広間に戻ると、エミリアもセルフ放置プレイを堪能していたようだ。ちょうど良い。ワイバーンについて教えてもらうとするか。
「なあエミリア、ワイバーンとかいう飛竜には弱点とかないのか?」
「ワイバーンですか? 特にないと思いますよ。あえて言えば尻尾の毒針を潰しておくと有利になります。あの尻尾は猛毒なので、かなり危険な存在です」
「なるほどな」
「表面のうろこは硬くて弓も通りにくいです。もし狙うなら、首から下腹部に掛けてうろこのない部分がありますので、そこを狙うといいですね」
「面倒臭そうだな」
「そうですね。純粋に強いモンスターなのでオルステイン王国でも恐れられています」
俺の予定では、四人の弓で十分弱らせてから地上戦に持ち込む作戦であったが、雲行きが怪しくなってきた。ワイバーンの真下に位置しないと狙うのも難しいな。
俺がワイバーンとの戦いを模索していると、ティナとユナが夕食を運んできた。今日の夕食は、余り物の野菜と肉をあんかけ風で炒めたおかずと、きのこの吸い物だ。
余り物とはいっても具の種類が多いので豪勢に見えるのは良いな。