第406話「魔法の矢、封印」
崖の上の状況を説明した俺は、とりあえず先に進むことを提案した。
「家に帰って安全性を確かめるまで、魔法の矢は使わないということですか?」
「暴走する疑いが出てしまったからな……」
「持ち歩くだけでも危険な武器だもの。使い方を考えるいい機会かもしれないわ」
魔法の矢は、水晶の矢尻に偽りの指輪で精霊力を封じ込めて作る武器だ。
原理としては、魔法の矢が目標に命中したとき、その衝撃で水晶の矢尻が欠けることによって、封じ込めていた精霊力が爆発を起こす仕組みだ。
精霊力の爆発によって起こる効果は、各精霊力に応じて変化する。
まあ、その効果を検証することはあっても、危険性の検証まではしてこなかった。
ちなみに、魔術師が同じ方法で魔法の矢を作っても精霊力は爆発しない。
偽りの指輪を用いたときだけ、このような怪現象が起こる。
しかし魔法の矢を使用禁止にすると、パーティーの戦力に穴が開いてしまうな。
実は崖の上に精霊魔法を操る魔物が潜んでいて、グレンが出した火の玉からサラマンダーを呼び出したと言う話しだったら、魔法の矢に対する疑惑も晴れるのだが……。
「崖ノ上ニハ、誰モ居ナカッタゾ?」
「だよなあ……」
俺とサキさんも確認したから、グレンの証言に間違いはない。
できれば何か別の要因であって欲しいと、根拠もなく出鱈目な期待を抱いていたが、それは見事に打ち砕かれてしまった。
「グレン寒いわよ。これ着ておきなさい」
サラマンダーに服を燃やされたグレンは、ティナに捕まってフリフリのブラウスを着せられている。
「服はともかく、リピーターボウも一緒に燃えたのは痛い」
「装備していた鉄製の剣もボロボロですよ……」
まだ一度も砥ぎ直しをしていない刀身が、黒ずんでボロボロに崩れている。
鉄がここまで痩せ細るなんて、俺たちでは想像もつかない温度で戦っていたのだろうな。
サラマンダーに襲われたのが俺たちだったら、今頃は小鹿と同じ運命を辿っていたかもしれない。
それから俺たちは、さらに西へと歩を進めた。
相変わらず地形のせいで、最短かつ直線のルートを結べないのがもどかしい……。
「限界だ。今日はこの辺りでキャンプにしよう」
「なんだか嫌な音がするわね……」
風の音や獣の声とも違う、異質な雑音が響いている。
俺は音がする方向に目をやるが、すると今度は背後から聞こえ始めた。
どう考えても異常な音に取り囲まれている。
「姿は見えぬが嫌な気配を感じる。不気味だわい……」
サキさんは腰の魔剣を抜いて、揺ら揺らと気配の感じる方へ剣先を泳がせる。
「また精霊でしょうか?」
ユナもアストラル光ブレードに光の刃を宿らせて、蜘蛛の巣を払うような仕草をした。
「これ以上進むと日が暮れてしまうが、魔物のテリトリーに入ったのかもしれん。もっと先まで移動して、音が消えるか確かめてみよう」
俺たちは一度降ろした荷物を再び馬に載せて、もう暫く獣道を進むことにした。