第404話「鹿の親子」
俺の都合は最悪だが、パーティー全体が置かれている状況はもっと最悪だ。
とにかく出発して、西へ西へと進んで行かねばならない。
「いかんの。北に向いてきおるわい……」
途中の分かれ道、川沿いのルートを選んだら、谷は緩やかに北の方角へ曲がり始めた。
そこを過ぎれば南に戻るのかもしれないが、この位置からでは判断できない。
「ダメだと思ったら、すぐに引き返した方がいいですよ。ダラダラ進んで行くのが一番良くありません」
「引き返そう。途中で川幅の狭い箇所を見つけたら、向こう岸に移るぞ」
空飛ぶ魔法で地形を無視すれば簡単に越えられる難所も、陸路では迂回するしかない。
整備された街道に出るまでは我慢の一手だ。
俺たちは川沿いを引き返しつつ、川の中州を跨ぎながら、浅い部分を見付けて渡り歩く。
「何か跳ねた!」
俺が水面に目を凝らすと、川底の色と同化して目立たないが、小さな魚が泳いでいる。
体長は10センチあるかないか……。
注意深く観察すると、結構な数が泳いでいた。
「食べられるでしょうか?」
「どうだろう?」
未知の食材は少し怖いが、精霊力感知で特に異常が無ければ毒ではないだろう。
ここは一匹捕まえてみるのが早い。
「サキさん、出番よ!」
「良し来た!」
サキさんはブーツを脱いで威勢よく川に入ったが、結局魚は獲れなかった……。
川魚を諦めた俺たちは、何とか川を越えて、弓なりに山を越えるルートを取った。
迂回ルートになるので距離は増えてしまうが、直進して山登りをするよりはマシだろう。
馬の負担を考えると、なるべく平坦なルートが好ましい。
「魚は残念でしたね」
雷の魔法で電気漁をする案も出たが、雷の精霊石を補充するにはティナの魔法が必要不可欠。
他の精霊石とは違い、道中で枯渇すると戦闘にも支障が出るという事で諦めた。
「む? 崖の上に鹿がおるわい」
遠目だが、崖の上から何かがずっとこちらを見ている。
鹿と言うから例のアレかと思い身構えてしまった。
が、今回は普通の鹿だ。
「鹿の親子がこっちを見てますよ」
「かわいいわね」
「今宵の飯が並んどるわい。グレンよ、一匹仕留めて参れ!」
「ソノ場デ、丸焼キダッ!」
「おい、ちょっと待て! そういう流れじゃないだろう」
俺の静止も聞かずに、羽を広げたグレンは宙に舞った。
「サキさん、本気ですか!?」
「この進み具合じゃ、飯が足らんなるわい。嫌なら食わんで良い」
「…………」
そんな言い方をされると反論に困るが、食料だと認識する前にかわいいと思ってしまったら、それはもう食料には見えないんだよな……。
他の個体なら殺しても良いのかと言われると、うんとしか言えない現実も心苦しいが。
ティナとユナがため息を吐いている中で、グレンはリピーターボウの引き金を引いた。