第400話「新年のゴブリン」
光の魔法を浴びても消滅しなかった闇の精霊は、直径1メートルくらいの球状だ。
魔法のランタンに照らされているため、光の当たる部分からは黒い砂鉄のような粒子が舞い上がっている。
何もせずに佇んでいるように見える闇の精霊だが、こいつは明確に悪意のような意思をもって、俺とユナを取り囲んできた。
「魔法の光に耐えましたね。でも、光の刃ならどうでしょうか!?」
魔法のランタンで闇の精霊を足止めしつつ、ユナは腰から燭台のような形をした剣の柄を構える。
「はあっ!!」
ユナが気合を込めると、剣の柄から光の刃が飛び出した。
この剣はアストラル光ブレードと命名された光の魔剣だ。
光の刃は実体を持たないが、霊的な存在や、物理攻撃の効かない相手には致命傷となる。
ユナがそれを一閃すると、闇の精霊は煙が掻き消えるかのように消滅した。
「精霊に対しても効果があるのか……」
「効果てきめんです。水や土のように、実体のある精霊は知りませんが」
なるほどな。
実体のある相手なら黒曜石の魔剣を使えばいいし、ユナ一人でも色んな状況に対応できそうだな。
「一度キャンプに戻ろう。結構ハデな光を放ったから、心配されても困る」
「そうですね。光の刃を使ったせいか、結構体力を奪われました……」
俺とユナがキャンプ地に戻った頃には、すでにティナとサキさんの姿があった。
開口一番、強い光の正体を聞かれたので、俺は闇の精霊に囲まれたことを報告した。
「わしとユナが追いかけられた奴かの?」
「似た感じの精霊でしたよ」
「あいつら、対処法が分かってしまえば何ともないが、神出鬼没なのがな……」
「大変な目に遭ったわね。とにかく十分に気を付けましょう」
それはともかく、頑張った甲斐もあってキノコの量はそれなりにあった。
明日は寄り道をせずに、とにかく距離を稼ごう。
俺たちは交互に見張りを立てながら、地下に作った寝床で休んだ。
──カビ臭いキノコゾーンでも、土の臭いを我慢すれば、地下室の中は意外と快適だ。
朝を迎えた俺たちは、焚き木を囲んで新年のあいさつをする。
『明けまして、おめでとうございます!』
頭の片隅で琴の音のBGMが再生されたが、それは一瞬で掻き消された。
ここは異世界、俺たちが置かれている状況は最悪だ。
「まさかこんな場所で新年を迎えるとはの」
「鬱蒼とした森の中だと、初日の出も見えませんよ」
俺たちの中では一番の旅好きであるユナも、正月早々こんな場所はお気に召さない様子。
しかも新年最初の食事がキノコの串焼きでは、いくら何でも締まりが悪い。
「ティナの魔力はどんな感じだ?」
「回復してないわ。魔法自体は使えるんだけど……」
これはいよいよ無理っぽいかなあ。
精霊石でも魔法自体は使えるが、魔力を源にしないとテレポートのような魔法は使えんからな。
これは本格的に自力で帰るしか手がなくなってきたぞ……。
「そういえば、エミリアさんとテレパシーで通話できる護符がありましたよね?」
「うん」
「魔力が戻らない状況を聞いてみるのは無理ですか?」
聞くことは出来るけど、ただ「魔法が使えなくなった」とか、「魔力が回復しなくなった」と言っても、適切なアドバイスを貰うのは難しいと思う。
テレパシーの有効時間はせいぜい三分が限界だと聞いている。
山林地帯に入ってからの出来事を説明していたら、とてもじゃないが時間が足りない。
やはり自力で公都エルレトラまで引き返さないと駄目だ。
エルレトラに辿り着ければ、直接エミリアに来てもらうこともできるだろう。
「正月早々、辛気臭くては福も逃げるわい」
「だな。ここのジメジメした空気が特に良くない。さっさと片付けて出発しよう」
朝から出発して昼を少し回った頃、ようやく俺たちはキノコゾーンを抜けた。
結局、魔法なしでは進めない地形を迂回するルートを選択していたら、来た時とは全く違う場所に出てしまった。
「最初に通った場所は、もっと南側だったよな? 随分北に進んでしまったなあ」
どこから流れているのか知らないが、脇には綺麗な小川。
家の裏手にある小川を思い出す情景だ。
「ちょっとまってください。先の方に何か居ます」
先導していたユナが、ハヤウマテイオウの足を止める。
ユナが指さした先に目を凝らすと、ゴブリンの集団が移動しているのが見えた。
北から侵食してくる雪に追われて、ゾロリゾロリと南下しているうちに出来上がった集団だろう。
そういえば、俺たちがこの山林地帯に入った目的は、こうやって南下してくる魔物を討伐することだったな……。
「どうするのだ?」
「他に道はない。このまま進んで行こうじゃないか」
向こうから逃げていくならそれもよし。
まあ、相手は食い物を求めて南下してきたゴブリンの集団だ。
俺たちを見るや、強奪できる物はないかと、全員で襲い掛かってくる可能性もある……。
俺とサキさんは馬から降りて、ゴブリンの集団と戦う覚悟を決めた。