第399話「闇の精霊」
少しでも食料の足しになるかと、キノコを狩りながら進んでいた俺たちだが、今日はキノコゾーンを抜けられずに日が暮れてしまった。
「頑張ればもう少し進めると思っていたけど、今日は無理そうだな」
「入り組んだ地形も多いし、無理は良くないわ」
コケ色の滑る岩、馬の脚では越えられない段差……。
来るときは魔法を駆使して進んでいたが、帰りはそうにもいかない。
遠回りをしたり引き返したり、思った以上に距離が伸びなかった。
「駄目ですね。枯れ枝も水分を含んでいて、思ったように燃えませんよ」
魔法の火で強制的に燃やすという、普段の方法が使えない。
今回は解放の駒に火の精霊石を乗せて代用するか……。
「土の魔法で地面をくり抜くから、枝と落ち葉で蓋を作ってくれ」
「良かろう」
一見すると落とし穴を作っているように見えるが、実はテントの代用として小さな地下室を作っている。
石壁を立てれば地上にも部屋を作れるが、急ごしらえの小屋では倒壊の危険性がある。
ここは安全策を取りたい。
節約した食材にキノコを加えた夕食は、思いのほかボリュームがあった。
「五日もあれば街道に抜けるつもりでいたが、初日から一日遅れになってしまった」
「心配なのは食い物だの。酒も切れるわい」
「仕方ないですね。今日は寝るまで食材を探しますか……」
こんなことは初めてだ。
まさか、夜の森を探索する羽目になろうとは。
ティナは余裕を見て十日分の食料を用意していたが、一日分は地竜の襲撃でだめにしてしまった。
現状では節約しても四日分あるかないか……。
ここで一食分のキノコを集められたら、それだけでも随分違うな。
「俺とユナ、ティナとサキさんで二手に分かれて探索してみよう」
「そうですね」
「グレン、光の精霊石を乗せた解放の駒を、背の高い木の枝に置いてきてくれ。この明かりがキャンプ地の目印になる」
「ウム!」
俺たちはグレンに火の番を任せて、互いに逆方向へと探索を始めた。
俺とユナの二人は、互いに数メートル離れた状態でキノコ狩りを続けている。
「キャンプから離れすぎたか?」
「まだわかりますよ」
辺りはもちろん真っ暗なので、魔法のランタンは欠かせない状態だ。
ランタンに照らされた範囲はそれなりに明るいが、明かりの届かない場所は完全な暗闇に近い。
いい加減、夜のキノコ狩りにも飽きてきた俺は、ランタンを揺らしながら周囲を照らして遊び始めた。
「…………」
何度か何もない場所を照らしていると、不自然な暗闇が視界に入る。
「なにかいるぞ!」
ランタンを振っていたから何かの影が映ったのだろうと思う反面、今までの経験から危険を察知した俺は、後ろに大きく飛び退いて間合いを計った。
「囲まれてます!」
俺の後ろに付いたユナが、反対方向に魔法のランタンを向けて叫んだ。
黒い影は、バルーンのような形で空中を漂っていたり、オオカミのような形で地面を這っている影もある。
それらは砂鉄のような粒子が集まって形成される、擬態のようにも見えた。
俺は目の前の存在の正体が理解できる。
「闇の精霊だ……」
「前に追いかけられた黒い霧と同じです」
「そうだろうな。大丈夫、魔法のランタンで照らしていれば近寄ってこれない」
魔法のランタンは、一応魔法の明かりになるはずだから、自然の光よりも闇に対する対抗力が高いはず。
現に闇の精霊は、俺たちを襲いかねているように見える。
だが、諦めてくれる様子もない。
俺とユナは互いに背中を合わせて、四方からにじり寄る闇の精霊をけん制する。
「砂鉄みたいな粒子が舞っているのは、おそらくランタンの光のせいだろう」
「闇の精霊というくらいですから、強い光で倒せるんじゃないですか?」
強い光と言うなら、やっぱり太陽の光かな?
俺は光の精霊石を取り出してから、腕で両目を覆った。
「ユナ、腕で両目を隠せ! 一瞬しか持たんだろうが、ここに太陽を出してやる!!」
「はい!!」
俺は光の精霊石を強く握りしめて、真夏の目が焼けるような太陽を強くイメージした。
時間にすれば一秒足らずの出来事だが、しっかり両目を覆っていても、瞼の奥が赤色に見えそうなほどの光を感じた。
流石に精霊石一つ分の精霊力では、一瞬で終わりか……。
地竜戦のように、小さな盾に幻影を映すような使い方ならもう少し持続できたと思うんだが、全方位となればそれなりの精霊力を使ってしまうらしい。
「眩しいのおわり! もう大丈夫だ」
俺は魔法の終了を宣言して、目の前の状況を確認した。
「…………」
よしよし、さすがにあれだけの光量を浴びれば、闇の精霊とて耐えられんか。
「大きいのが残りました!」
俺の背中から、敵健在の声。
ならばもう一回と、新しい光の精霊石を用意するよりも早く、ユナが闇の精霊に攻撃を仕掛けた。