第3話「買い物にハマる者たち」
ちょうど自己紹介が終わった頃、エミリアが支度金を抱えて戻ってきた。
支度金以外にも草で編んだ履物とガイドブックのような手書きの小冊子を渡してくれる。綴じられてはいないが、硬貨の種類とか、王都の大まかな地図とか、そういうのがまとめて書いてあるようだ。
「支度金は一人につき金貨12枚です。まともな宿で一泊一部屋あたり銀貨20枚が相場です。冒険者の場合は装備品も必要になると思いますので、良く考えて使ってくださいね」
俺たち三人は、支度金の受け取りにサインをすると、エミリアに案内されるまま魔術学院の正門へ移動した。
敷地は建物が多く、かなり広いようだ。十分くらい歩いたような気もする。
「ここが魔術学院の正門です。この道を真っすぐ歩けば王都の大通りに出られますよ」
正門から続く道を指さされて、その先を見ると大きな外壁が見えた。
外壁のせいで街の様子は良く見えないが、有り得ないほどに澄んだ空や、空気感といったものが日本のそれとはまるで違う。
「別の世界から飛んで来た俺たちに、こんなに良くして頂いてありがとうございました」
「どうもありがとうございました。またお会いできると嬉しいです」
「色々と世話になった。いずれ名を馳せるので楽しみにしておられよ」
三者三様の感謝を述べて、三人でお辞儀した。こういうところは日本人なんだよな。
「それではみなさん、どうかお元気で……」
小さく手を振るエミリアに見送られて、俺たちは王都の外壁まで歩いた。
王都の外壁にはトンネル状の通路があり、エミリアから貰った小冊子の地図で確認すると、このトンネルは大門ではなく、生活用の連絡路として使われているようだ。
この連絡路には兵士のような男が二人立っているが、俺たちが通り過ぎても特に何かを言ってくるような気配はない。
王都の外壁をくぐると、木やレンガの家々が密集している場所に出た。
地図を見て確認したところ王都オルステインはいくつかの階層に分けられた壁があり、王城を中心として外へ行くほど、いわゆる庶民向けのエリアになっていくみたいだ。
「さて、まずはどうしようか?」
「わしは着るものを何とかしたい」
「そうね。今のままだと歩くのもしんどいわ」
「じゃあ服の店だな。地図におすすめの店が書いてあるから、そこへ行ってみよう」
一日やる事が遅れたら銀貨20枚が消えると思えば、やっぱり時間は無駄にできない。
俺たちは周りの風景には目もくれず、最初の目的である服の店に到着した。
服を売っている店は、小さな建物から商品が路上にはみ出したような店だ。大体どの店もそんな感じになっていて、街の通路を圧迫している。
行政から指導されたりしないのだろうか? 俺たちは店の中に入って行った。
「お客さんかい? どうぞゆっくり見て行ってくれ」
店の奥で作業をしていた中年のおっさんが声を掛けて近付いてきた。
できれば一人でじっくり見たいタイプの俺は条件反射で半歩引いてしまったが、代わりにティナが一歩前に出た。
「服を買う時はこの店が良いと、エミリアさんの紹介で来たのだけれど、冒険者向きの服が欲しいので色々と教えて頂けませんか?」
俺からはティナの後ろ姿しか見えないので想像するしかないのだが、ロリコンではない俺でもクラっと来てしまったあの笑顔があるに違いない。しかもエミリアの紹介だと織り込み済みだ。
「お嬢ちゃんたち、エミリアさんの紹介なのかい? うーん、そりゃあ良くしてやんないといけないなぁ……」
店のおっさんはとても親切だった。
サキさんは長袖のインナーシャツに半袖のチュニック、丈夫な麻のズボンに決めたようだ。向かいの靴屋にまで出向いて行って、シンプルな革のブーツも調達してきた。
恥ずかしいショッキングピンクの部屋着と、彼の着替え中に見てはならないものが目に入ってきたが……ババ臭いブラジャーとショーツを合わせた三点セットは珍しい素材で出来ているからと下取りして貰えたみたい。
ティナはどうしてもスカートじゃないと嫌だと駄々をこねて、高価なエプロンドレスに野外活動でも使えそうな丈夫なタイツ、ベルト付きのパンプスを選んでいた。
店の姿見と睨めっこしながら、結構な時間を掛けて選んでいる。五分で終わったホモ侍のサキさんとはえらい違いだ。やっぱ拘るんだな。
コスト度外視で選んでいたので大丈夫なのかと心配したが、自前で持ってきた手直し出来そうもないサイズの服と下着を、元の世界で死に装束の代わりに着てみただけだからと言って全て下取りして貰ったら、黒字になってしまったようだ。
俺の方は、ティナの玩具にされそうな流れを何とか振り切って、サキさんと同じ構成に仕立てて貰った。まあそれでも結局かわいい感じにされてしまったのだが。
店の姿見を見て初めて知ったが、俺の髪はミントブルーとでもいうのか微妙な色合いで、瞳の色も同じような色をしていた。
現実世界ではありえない色だけど特に違和感を感じないのは、ここが異世界だからだろうか?
ちなみに髪の長さは、自分の部屋に居た時とあまり変わらない。半年くらい髪を切りに行かなかったので、後ろ髪を拳で握れるくらいの長さだ。
髪の毛を見たついでに判明したが、俺の身長は155センチはあるように見える。
しかし今の自分の姿を鏡に映していると、何だか変な気分になってしまうな。
俺はみんなが見ていない時を見計らって、手近にあったワンピースを体に当てながらティナの仕草を真似してみたが、あまりの恥ずかしさに心が折れ掛けてやめた。
中身が男の俺には、こんな仕草は思いも付かんし真似もできんわ。
俺が着ていたものは下着も含めて全ての素材が綿100%だったので、下取りに出しても二束三文である。
それなら自分の予備にしたいと言うサキさんの希望で売らないことにした。元々の俺はサキさんと同じくらいの背丈だったので、サイズもぴったりなようだ。
それから、こっちの世界では服も靴も下着もすべて女物の方が高価な事がわかった。
それぞれの服は一張羅だが、衛生面の問題もあって下着だけは複数枚買って服屋での買い物は無事に終了した。
「次は武具屋かなあ」
「そうね」
「わしは武器など全くわからぬが……」
俺も何が良いのか良くわからんが、武器を手に入れないと事が進まないので地図を頼りに武器屋へ向かった。
「ここでもエミリア作戦で行くぞ」
「わしが行ってくる」
武器屋でもエミリア作戦は上手くいった。もしかして地図に書いてあるおすすめの店はあらかじめ話が通っているのかもしれないなあ。結構マメそうな人だったし。
武器なんか振るった事のない俺とサキさんに、武器屋の兄ちゃんはかなり頭を悩ませながらも親身になって武器を選んでくれる。
この兄ちゃんは自警団に入っているらしくて、武器の扱いも一通り知っているそうだ。
俺はロングボウと矢20本と矢筒、柄の長いハンドアックスを薦められた。勿論買いました。良くわからないので。
サキさんはロングスピアとロングソード、大きめのダガーを買っている。槍の長さを間違うと扱いづらいからと言われて、何度も素振りさせられていたな。
ティナはどうせ戦えないだろうから何も買わないと思っていたが、帯剣できる長さのレイピアと、カウンターの下にあるワゴンから小物を何個か買っていた。
笑えないくらい予算がゴッソリと減った。
「あとは防具と日用品と雑貨やらを買わないといけないが、これ予算間に合うのか?」
「わしはかなり散財したから、防具は駄目かも知れんの」
武器屋の隣にある防具屋でもエミリア作戦を使った。俺とサキさんは自分の武器を見せて、それに合う防具を教えて貰う。
俺はハードレザーの胸当てと、革手袋だけで終わったが、サキさんは鉄かハードレザーかで随分悩んた末に、胸当てと籠手を鉄にして、腰と肩と背中をソフトレザーにした。
この時点でサキさんの資金がマイナスになったので、ここは命あっての物種だと、足りない分は俺とティナで出した。
ここでもティナはハードレザーの籠手を勝手に買っていた。
まさか戦う気なのかと思って胸当ての方が良いのではないかと聞いたが、エプロンのフリルが潰れるからいらないと断られてしまった。
予算がイエローランプを点滅させているが雑貨屋にも行く。勿論エミリア作戦は有効だ。ここが最後なんで俺がやってみた。
まず最優先にしたのは衛生日用品で、店のオバちゃんに全員分を用意して貰った。ここでも俺とティナの分はサキさんよりも量が多くて高くついた。
その次がキャンプ用品、アルミのような軽い金属がないので、簡単な調理道具のセットでも随分重くなってしまう。
重量オーバーを懸念して、今回はテントのような大物は見送る。
あとは全員分の外套、雨具兼防寒具だ。それから背負い袋と水袋、小物を入れる小さめの袋をいくつか選んだ。
ティナは日用品の中に櫛と手鏡が入っていないとブー垂れて、銀貨100枚以上もする手鏡を、櫛と一緒に買っていた。当面は全員で使い回す気らしい。
あと本気で予算がギリギリなのに、かわいい感じの髪留めと洗顔用のヘアバンドを無理やり買わされました……。
辺りはまだ明るいが、そろそろ日が傾いてくる頃合いだ。
観光もへったくれもないし、移動と買い物で疲れたし、朝から何も食べてないし、懐も切ないので早めに宿を取って落ち着きたいと嘆いたら、二人もそれが良いと言った。
早速地図で確認して、エミリアおすすめの宿を確認する。二カ所ある。一つは冒険者の宿、ここなら食堂兼酒場で仕事の依頼を探せる。一泊一部屋銀貨25枚。
もう一つは普通の宿で少し離れているが、一泊一部屋銀貨20枚。あと銭湯が近い。銭湯は一人銀貨10枚。てか、銭湯高くないか?
「宿はどっちに泊まろうか? 銭湯は高いな。俺は銀貨30枚しかないぞ」
「わしは文無しでも銭湯には行ってみたい」
「私は銀貨42枚あるから、今日はミナトの予算と合わせてやりくりしましょう」
「全財産で銀貨72枚か。仕事が無かった時の保険に銭湯は諦めるとして、やっぱり冒険者の宿にする方が間違いが起こらないよな……」
色々考えたが、行ってみない事には何も始まらないので、俺たちは冒険者の宿へ行くことにした。
現在俺たちの手持ちは銀貨72枚。支度金の合計が銀貨1800枚だったので凄まじい減り具合だ。
参考までにオルステイン王国の硬貨レートは、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨50枚で金貨1枚になる。
銅貨は大量のお釣りが必要とされるので嫌厭され、王都の店で銅貨単位の値段を付けている所はあまりないようだ。
例えば小袋二つセットで銀貨1枚とか、そんな具合が多い。
もちろん交渉すれば小袋一つに他の物を付けて銀貨一枚とか、釣銭不要の銅貨50枚を直接出すなんてこともできる。その辺りはかなり柔軟なやり取りが行えるみたいだ。