第398話「帰路に就く」
公都エルレトラへ戻るには、単純に二つのルートがある。
一つは西へ移動して、王都オルステインを繋ぐ危険な街道に出る西ルート。
こちらは軍の野営地が点在しており、たどり着いた時点で食料などの購入ができる。
もう一つは、一直線に南下して公都エルレトラから東西に延びる街道を目指す南ルートだ。
公都エルレトラまでの直線距離なら、こちらの方が短いと思われる。
だが、道中で村や集落を見つけられなかった場合は、途中で食料が尽きるだろう。
色々考えた結果、俺たちは補給の確実性を選んだ。
とりあえず、西ルートで帰る。
「ただ、雪に追われて南下してくる魔物と鉢合わせする可能性も高くなるぞ」
「それこそ、望むところであろう!」
まあそうなんだが。
しかしそれは、こちらの準備に抜かりが無いときの話だ。
「失った装備品が俺のカスタムロングボウだけで済んだのは、不幸中の幸いだった」
「弓なんですけど、魔法の矢がもうありませんよ。どうしましょうか?」
矢の残数なんて殆ど気にしていなかったが、ユナが言うには盛大に使いすぎて、魔法の矢は残り2本しかないらしい。
家の在庫も全て使い切ったので、今ある手持ちの2本で弾切れということだ。
「今頃は家に帰ってる予定だったからな。これは仕方ないか……」
「普通の矢なら、まだ手元に11本あります」
ユナが一人で使うにしても、戦闘になればギリギリの本数だな。
「普通の矢は家にいくらでもあるわい。魔法で取り寄せれば良かろう」
「物を取り寄せる魔法は、魔霊石一つで一回しか使えないわよ」
「魔霊石は残りいくつだっけ?」
「昨日7個使ったから、手持ちは2個よ。魔力が殆ど残っていない魔霊石ならいくつかあるけど……」
昨日は人数分の毛布と調理道具、そして予備の食材を取り寄せるのに使ったから仕方ないが、家から取り寄せできる物があと二つしかないのは厳しい状況だ。
帰りの道中、多少不便を感じても、今までのように湯水のごとく魔法を使うことは出来ないぞ。
「魔物と戦闘になったときは、グレンもリピーターボウで戦ってもらう」
「期待シテ良イゾ!」
グレンのリピーターボウには、まだ何発か火の弾が残っているからな。
確認すると5発! 頼りにしておこうか。
何はともあれ、出発するなら早い方が良い。
俺たちは荷物をまとめると馬に飛び乗り、早足で西を目指した。
冬用のテント一式を失ったのは痛手だが、一番大きな重量物が無くなったおかげで、帰りは二頭の馬に二人乗りをして移動ができるようになった。
白髪天狗には俺とサキさんが跨り、ハヤウマテイオウにはティナとユナが跨る。
戦闘になりそうなときは、俺とサキさんが前に出て、ティナとユナは後ろに下がらせる段取りだ。
ちなみにグレンは、常に俺の上空で待機している。
「…………」
洞窟を出発してからというものの、俺とサキさんは互いの武器がぶつかる音に悩まされていた。
俺はミスリル銀の大剣を斜めに背負い、サキさんは魔槍グレアフォルツを小脇に抱えているので、長物が邪魔になってしょうがない。
油断していると、大剣の鞘と魔槍の柄がぶつかるのだ。
かなりウザい!
「魔法で家に送れんからの、我慢せい」
重量変化の護符をミスリル銀の大剣に張り付けておくと、自分の背丈よりも大きな大剣が、ショートソード並みの重量になる。
だから背負う事自体は苦痛にならないのだが、とにかく大きすぎて邪魔に思う。
サキさんは以前から、槍と大剣の両方は持ち運べないと洩らしていたが、その意味がようやくわかった。
「そろそろキノコゾーンだ。前回のように毒キノコはもういらん。食えそうなやつだけを選んで採ろう」
今の予定では、一番近い軍の野営地まで五日は掛かる計算だ。
手持ちの食料は、節約しても四日分しかない。
まあ、一日くらい抜いたって死にやしないが、道中何が起こるかわからんしな。
「なるべく足を止めずに。ここで時間を食いすぎても良くない」
「わしが歩きながらキノコを狩るわい」
キノコが群生する一帯は、大木の枝葉が絡み合い、日の光を遮っている。
昼間でも不気味に薄暗く、空気には湿気を含んだ特有のにおいが混じる。
まあ、食うには困らない場所だと思うが、こんなところで野宿だけはしたくない。
野宿だけはしたくないんだが……。
日が落ちてくると、ただでさえ薄暗いこのエリアは、魔法のランタンで足元を照らしながらでも移動が難しくなる。
「キノコゾーンだけは今日のうちに抜けたかったが、これはもう無理か?」
「前にここを抜けたときは、ティナさんの魔法で段差を越えたり、短距離のテレポートをしながら通ったじゃないですか。魔法なしだとこんなもんですよ」
確かに……。
本来なら遠回りしないと抜けられないような地形も、全部魔法で無視できたからな。
魔法に頼らない状態だと、こんなにも距離が稼げないのか。