第396話「黒い湖と白い角」
骨も残さず溶け崩れた地竜の亡骸を弔った俺たちは、結局、一睡もすることなく新しい朝を迎えた。
朝日に照らされた森は、今もなお燃え続けているが、枯れ木の範囲を燃やし尽くしたのか、次第に炎は収まりつつある。
火と風の矢が焼き払った森は、まさに一草の束も残されていない状況だ。
不気味な色に変色していた枯れ木は全て燃え尽きたし、酷く汚染されていた土も高熱に焼かれた。
今ここにあるのは、降り積もった白い灰と、炭になった木々の残骸だけ……。
改めてその威力を目の当たりにした俺は、安易に振るうことができる強大な力に恐怖した。
「汚染の原因だと思う地竜は倒したが、ここが元の森に戻るのは何百年後か……」
「わしらが焼き払わん限り、ずっとあのままだったわい」
「自然の問題は時間が解決しますよ。それより黒い湖が見当たらないんですけど」
ユナに言われるまで気付かなかったが、そういえば黒い湖が見えない。
辺り一面焼け野原になった今なら、木々に視界を遮られることもないはずだが。
「蒸発したんじゃないかしら?」
まさかと思いつつも、俺たちは湖があった場所まで移動する。
しかし、そこに黒い湖の姿は無かった。
「あれほどあった湖の水が全部蒸発したのか?」
「普通の水ならあり得ませんけど、異常な泥でしたから……」
目の前にある不自然な谷の地形は、かつてそこに湖があったことの証明だ。
湖の底は中心部に向かうほど深くなっていき、例えば地竜が身を潜めるには十分な深さがあるように感じた。
水が蒸発した後の湖の様子だが、汚染の原因であるヘドロは湖底に沈殿している
だが、激しい熱風に焼かれたせいか、ヘドロの層は乾燥した粘土のようにひび割れていた。
その様子は湖の底一面に広がっていて、まるで地竜の全身を覆っていた鱗を連想させる。
いや、質感だけなら地竜の鱗に酷似していると思う。
「あの地竜、自分で吐いた毒が鱗の表面を溶かして、湖を濁らせる原因になったのかな?」
もしも地竜がこの湖に潜んでいたのだとすれば、ヘドロ状の水質にも納得がいく。
地竜の鱗は耐火性で断熱性もあって、さらに絶縁性まで備えていたから、黒い湖のヘドロも焼き固まる前に回収していれば、色々な用途に使えたかもしれないな。
「ちょっともったいないですね」
だなあ。
完全に焼き固まった泥は、水をかけても元の状態には戻らないだろう……。
しかし次に水が溜まる頃には、本来の美しい湖に生まれ変わってくれるはずだ。
「どちらにしても珍しい素材だと思うから、適当な大きさのサンプルを家の裏手にテレポートさせておくわ」
もうここに来ることは無いだろうから、採取するなら少し多めに送っておくといい。
一度焼き固まった泥でも、そういうのに詳しい魔術師なら固まる前の状態に戻せるかもしれないしな。
一通りの確認を済ませた俺たちは、ティナの飛行魔法で天高く舞い上がった。
ここへ移動した時と同じく、グレンが待っている洞窟の入り口付近まで、目視でテレポートするためだ。
「ぬあっ?」
いよいよテレポートするときになって、サキさんが間の抜けた声を上げる。
俺がサキさんの方を見ると、白い角が二つに折れて、地上へと落下するまさにその瞬間だった。
「ちょっと! なにやってるんだ?!」
「違うわい! 勝手に折れたのだ」
「いいわ、まかせて」
なおも落下する白い角を、ティナが浮遊の魔法で空中に留めようとするが、落下する白い角は瞬く間に空中で分解を始めた。
『………………』
落下しながらバラバラになっていく白い角。
加速度的に対象が増えていくから、もはや浮遊の魔法で回収するどころではない。
最後はキラキラと日の光を反射しながら、粉となった白い角は、風に吹かれて地上に拡散していった……。
「手の中に残っておった欠片も、ただの粉になりおったわい……」
サキさんは両手をはたいて、その粉を風に乗せた。
粉でも持ち帰れば何かわかったのにと、俺は抗議の声を上げそうになるが、もう仕方がない。
「…………」
俺はただ、風に吹かれていく微かな生命の力を見守る。
白い角には最後まで振り回されてしまったが、この焼け野原に根付く命の足しになるなら幸いだ。
「結局、何だったんでしょうね?」
「さあの……」
「考察なら俺たちの冒険話を聞いた吟遊詩人に任せよう。今は洞窟まで戻るぞ!」
俺たちはグレンが待つ洞窟の入り口付近にテレポートした。