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第395話「回収」

 火と風の矢を使うことが前提の高度。

 上空の風は穏やかだが、凍えるような大気は全身を刺すように締め上げる。

 地竜の毒も、ここまでは届かないだろう。

 しかし、この寒さ。こちらも悠長に事を構えてはいられないぞ。


「いたぶる必要はありませんし、最初から火と風の矢を使います」

「地竜は俺が照らしておく。胴体中央を狙え」


 ユナは器用に上半身を捻り、矢を真下に放った。



 真下に落ちて行く矢に注目するが、正確な距離感は掴めない。

 俺たち四人が無言で見守る中、狙い通りに地竜の胴体を捕らえた火と風の矢は、地竜の全身を覆い尽くすほどの火の玉を形成し、やや遅れて発生した熱風が、周辺の枯れ木を跡形もなく薙ぎ倒した。


「相変わらず凄まじい威力だの……」


 強烈な熱風は地面に降り積もった腐葉土の層すら舞い上げ、またたく間に乾燥したそれらは、余りの熱さに発火を始める。

 文字通り、辺り一面は火の海となった。

 以前に使ったときは水上だったので気付かなかったが、ここまで広範囲に被害が及ぶ攻撃は、余程の条件が揃わない限り使えないな……。


「まだ動いてますね。もう一回行きます」


 ユナは続けざまに追撃を加えた──。





 地上からの熱気が伝わってくる……。

 ただでさえ強力な火と風の矢を連続で使ったものだから、地上はまさに火の海だ。

 これだけ派手にやってしまうと、異変に気付く冒険者もいるだろう。

 だが今は、目の前の地竜を何とかすることに集中したい。


「まだよ。まだ動きがあるわ!」


 ティナの言う通り、地竜の方向からは未だに強い生命力が伝わってくる。

 巨大な火の玉が収束すると、そこに地竜だった生き物の姿は、もうない……。

 鱗は剥がれ落ち、焼け焦げた肉が再生と欠損を繰り返す過程で異形の存在となっていた。


「どうにもならんわい。無限に再生するんではないかの?」

「いや、まさかな……」


 あのサキさんが、討伐を諦めて大剣を鞘に納める。

 なおも膨張していく肉の塊は、時々元の姿に戻ろうとするが、過剰に再生される肉の塊に押しつぶされて消えた。



「あれはもう、生き物とは言いませんよ。やり方を変えます」


 ユナは矢継ぎ早に魔法の矢を射る。

 もはや肉塊の造形には、首も頭部も胴体も存在しない。

 陸に打ち上げられた惨めな深海魚のように、力なく項垂うなだれた肉塊。

 ビチャビチャと不快な音を立てて、魔法の矢が降り注いだ。


「…………」


 俺はユナのやり方を黙って見守る。

 魔法の矢が突き刺さった部分からは、肉塊と同じ色をした泥状の液体が噴き出してきた。


「何をしたんだ?」

「前に実験した生命の矢ですよ。生命力を削ることができないのなら、いっそ継ぎ足してしまえって思ったんです」


 どういう作用をしているのかは不明だが、異なる生命力が互いを侵食する効果か……あるいは、生命力をオーバーフローさせることによって、自らを崩壊させているのか……。


「ねえ、ちょっと、そんなことして大丈夫なの?」

「どちらにせよ、アレに対して初めて効果的な反応があったと思う。続けて攻撃しよう」


 俺は不安な表情を浮かべるティナをさしおいて、ユナに生命の矢を供給し続けた。





 何本目の生命の矢を放っただろう?

 無駄に対象物が大きい事もあって、ユナは2本、3本と同時に矢を放つこともあった。

 生命の矢を受けるたびに、足元の肉塊は溶け出して、その巨体を縮めていく。


「いい加減にせい。もう良かろうが」

「いいえ。一片でも残せば再生する可能性があります」

「煮ても焼いても駄目だからな。もうやり切るしかないんだ……」

「あそこを見て、白い角じゃないかしら?」


 ティナが指さした先、肉塊が溶けて痩せた部分から、見覚えのある白い角が姿を現した。


「やれ、仕方がないの。気乗りはせぬが回収してくるわい……」


 サキさんは露骨に嫌そうな顔をして、俺にミスリル銀の大剣を渡してきた。

 いかにミスリルが軽い金属とはいえ、大剣のサイズともなれば結構重い。

 物は試しと、俺は王都で買った「重量変化の護符」を張り付けてみる。

 すると、とても振り回せない重さの大剣が、片手で振れるほどの軽さになった。

 重量変化と書いてあったはずだが、重量軽減の間違いじゃないのか?

 エミリアに選んでもらった魔道具だが、これは使えるぞ。



「おーりゃっ!!」


 身軽になったサキさんは、ティナの魔法でテレポートをして、白い角を両手で掴む。


「フン!」


 気合を入れて引っこ抜くと、白い角の下半分はおぞましいほど密集した木の根のように……、いや、全身に張り巡る血管のように成長していた。


「こやつめ! 引き千切ってやるわい!!」


 サキさんは白い角を掴んだまま、人間離れした腕力で無理矢理それを引き抜く。

 白い角が供給し続ける生命のみなもとを断ち切られた肉塊は、卵の破れた黄身のように、音もなく地面に広がっていった……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 素手で触って大丈夫なんだろうか……(゜ω゜)
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