第392話「作戦会議」
どちらにせよ、白い角を回収しないことには、不安でおちおち寝てもいられない。
だが、ここまで全力で走らせてきた馬は、さすがにもう使えないだろう。
「馬はここに置いていく。グレンはこの洞窟に待機して、俺たちが戻るまで馬の面倒を見てくれ」
「ミナト、気ヲ付ケテ行ケヨ。アレハ、ヤバイゾ」
「ヤバいな。油断せずに行こう」
とにかく優先順位が一番高いのは白い角の回収だ。
その目的を果たすことができれば、最悪、地竜は倒さなくてもいい……。
「手荷物はどうしますか?」
「置いていこう。寒空を移動するから、防具も外して上着を二枚重ねにしたい」
あまりにも巨大な化け物が相手だと、鉄板ですら粘土のように潰されるのがオチだ。
防具は役に立たないと思うので、代わりに防寒を心掛けたい。
「ティナよ、家からミスリル銀の大剣を取り寄せてくれえ!」
「サキさんは大剣で行くのか。俺はカスタムロングボウを潰されたから手ぶらで行くぞ。刀身の短いサーベルなんて役に立たんし、手斧を投げて10センチそこらの傷を付けても意味がないからな」
「私も黒曜石の魔剣は置いていきます。コンパウンドボウだけにして、矢筒の中身も全部魔法の矢にします」
「わしはこやつ、レレから貰うたミスリル銀の大剣で行くわい。魔槍グレアフォルツはいらん。あの手の大物は、体を切り裂かねば意味がないからの」
おお……、猪突猛進を絵に描いたようなサキさんが、まるでベテラン冒険者のような発言をしている。
「弓は使わんのか?」
「地上に降りるのはわしであるから、白い角を回収するとき邪魔になろう」
なるほどな。
「では、状況ごとに作戦を立てるぞ」
「うむ」
「まず優先するべき目標は、白い角を回収することだ」
「白い角はテントの真後ろに植えました。2メートルほど離れた場所です」
「よかろう。わしが引っこ抜いてやるわい」
「その時は地上と空をテレポートで往復させるわね」
一番簡単なプランだけに、この案で回収できることを祈りたい。
「次は、テントの真上に地竜が居座っている場合だ」
「魔法攻撃で無理やり退かせるしかないと思います」
「私は浮遊やテレポートの魔法で手一杯になるから、攻撃はミナトとユナに任せるわね」
「俺は魔法の矢を供給する役目になるだろうな。攻撃はユナに任せたい」
「わしはどうするのだ?」
「サキさんは白い角を探してくれ。見つけたら回収プランを実行するんだ」
地竜が姿を消していた場合は、白い角だけ回収して王都に戻るか……。
色々調べたい事もあったが、ドラゴンが徘徊しているような場所で、これ以上の現地調査を続けるのは困難だ。
それに、テントや毛布を無くした今の状態では、過酷な野宿になってしまうからな。
「湖の水と周辺の土、変色した植物のサンプルくらいは持って帰りませんか?」
「余力があればそうしたいな」
単純に考えれば地竜が汚染の原因だと思うが、あの場所だけ精霊力が不安定な可能性もある。
魔術学院にサンプルを持ち込めば、俺たちが分析するよりも正確にわかるだろう。
「何らかの理由で討伐しないといけない状況になったらどうしますか?」
「基本的には上空から魔法の矢で攻撃することになる。わざわざ相手の土俵に降りる必要はないからな」
「その時は腹をくくるしかなかろう」
人の話を聞いていないサキさんが一人で覚悟を決めた。
「魔法の矢で何とかなるのかしら?」
ティナの疑問は正しい。
先程試した感じでは、火と雷の魔法は効かないようだった。
「鱗や皮に断熱性や絶縁性の効果があるのかもしれんが……」
「ならば剣で切り裂いてから魔法を使えばよかろうが!」
まあ、理屈ではそうなるよな。
「石化の魔法も効かなかったし……」
魔法に対する抵抗力が高いのか、対象物が大きすぎて効果が出ないのか、その辺がまだハッキリとしていない。
「水と風の魔法は試してなかったわね」
「風の魔法は毒の息を吹き飛ばすのに必要だな。これは俺が担当する。忘れる所だったが、地竜と対峙するときは常に風上を背にして立ち回ろう」
「その毒は吸ったら駄目なんかの?」
「どうなんでしょうね? 皮膚や粘膜に触れただけで危険な毒もありますから、近寄らないのが一番だと思いますよ」
精霊力感知では毒の強度がわかるだけで、毒の効果や特性まではわからない。
ユナが言うように、いわゆる経皮毒だと悲惨な結果になると思う。
触れたら死ぬような毒では困るから、そもそも触れないようにするのが一番だ。
それから、仮に水の魔法が効くとすれば、水の矢の貫通力に期待するしかない。
どちらにせよ、あの分厚い胴体を貫通するとは思えないから、どうせやるだけ無駄だろうが。
「一本くらいは使ってみませんか? トロールの件もありますし、効くかもしれませんよ」
「じゃあ一本くらいは作っておくかな」
俺はユナのリクエスト通りに魔法の矢を作って、それを手渡した。
今回は、普段の戦闘では絶対に使わない種類の魔法の矢もいくつか作った。
光と闇の矢はともかく、生命と精神の矢は……出来れば使いたくないものだな。
「準備はいいかしら?」
「うむ。小便も済ませたわい」
「いちいち報告すんな。こっちも大丈夫だ」
洞窟を後にした俺たち四人は互いに手を取り合い、暗闇の中を音もなく飛翔した。