第390話「眼下の地竜」
──俺は今、ほんの数秒前まで自分が立っていた地面を見下ろしている。
訳も分からず死んだと思って、それこそ全身から血の気が引く思いをしたが、寸でのところで上空にテレポートしたらしい……。
「ギリギリだったわね」
「気付いたら目の前にいた……今度ばかりはダメかと思ったわ」
俺とティナの二人は、飛行の魔法で夜の寒空に浮いている。
真っ暗闇の地上では、巨大な何かが蠢いているような音が聞こえる。
「こう暗いとよく見えんな……」
「危ないからもう少し上に行くわよ。グレンもこっちに来て」
「ウム」
満点の星空とは言え、星明りだけでは手元すら見えない状況だ。
俺たちを襲った「巨大な何か」は、キャンプの焚き木も蹴散らしてくれた。
今の地上は、真の闇に閉ざされている──。
「テントも荷物もめちゃくちゃだろうな……」
「諦めなさい。とにかく相手の正体が知りたいわ。どうすればいいの?」
どうすると言われても、光の魔法で照らせとしか言いようがない。
できれば照明弾のような明かりが欲しいと思う。
しかし、ティナがイメージできない物を出せと言っても、魔法の効果は薄いだろう。
とにかく周辺を昼間みたいに照らせる強烈な光で、なおかつ誰でもイメージできる明かりが欲しいわけだから……。
「ティナ、ラウンドシールドの表面に太陽を作れないか?」
「どういうこと?」
「魔法の光では間に合わないから、幻影の魔法で太陽を出すんだ。盾に反射した太陽光じゃないぞ。盾の中に本物の太陽が存在するイメージで頼む」
「難しい注文ね……太陽の明るさって、人間がイメージできる明るさを超えているのよ?」
ティナは円形のラウンドシールドを俺に渡して、太陽の存在を強くイメージした。
「………………」
最初は蛍光灯のような明るさの幻影が、ものの数秒で直視不能な輝きを放ち始める。
まるでラジオのチューニングが合うように、一番明るい所でピタリと調整が止まった。
「メ、目ガーッ!?」
興味本位でラウンドシールドの表面を見ていたグレンが悲鳴を上げる。
「何やってるんだ。直接太陽を見るなって、学校で習わなかったのか?」
「日ヲ触ッテモ熱クナイゾ? 何故ダ……目ガーーッ!!」
遊んでいる場合ではないのだが、無駄にテンションが高いな。
グレンは火の悪魔なので、この世界で最も熱い太陽の幻影に心を奪われている。
しかしこれは魔法で作った幻影……。
幻影の光は、たとえ太陽と同じ光量を放出しても熱量がゼロなのだ。
熱いどころか、ギンギンに冷えたラウンドシールドの鉄板は、寒さの苦手なグレンにとっては地獄でしかない。
俺は空中でもんどり打つグレンを払いのけて、ラウンドシールドを地上に向けた。
すると、視界に入る物すべてが昼間のように明るく照らし出された。
その光はまるで、夏の日差しを思わせるような明るさだ。
やはり太陽をイメージして一番に思い描くのは、真夏の日差しだよな。
「やばい。恐竜みたいな化け物が出てきた!」
「大きいわね……」
幻影の太陽で白日の下に晒された化け物は、全長30メートルをゆうに超えていた。
胴体の部分は5メートル近くもあり、甲羅を持たないカメのような体形をしている。
そこから伸びた一本の太い首は、それだけでも25メートルのプールが収まりそうなほど長い。
まるで、地上版の首長竜と言ったところだな。
この化け物がヘビのように鎌首を持ち上げれば、一瞬で10メートル以上先の獲物を捕らえることが可能だろう。
「コイツハ、火ガ効カナイゾ!」
グレンが火の玉を浴びせていた頭部には、それらしい形跡が見られない。
火が効かないのは厄介だな。熱に耐性があるのだろうか?
「せめて、これの正体がわかればな……」
「ドラゴンだと思うわ。頭を見て。ヘビやトカゲとは雰囲気が違うじゃない」
まあ、確かに。ドラゴンの頭は、どちらかといえばワニの造形に近い。
見たところ羽は無いから、空中が安全地帯になるのはありがたいと思う。
地面を這う竜だから、「地竜」と呼ぶことにしよう。
「魔法でちょっかい出してみるか……」
これは正式な依頼ではないため、このまま放置して帰る選択肢もある。
だが火が通らないのは気になるポイントだ。
とりあえず、もう一度火の攻撃で様子を見たい。
「それなら私もやってみるわ」
ティナは地竜の頭部を、魔法の火の玉で包み込んだ。
それなら俺は、後方に鎮座している大きな胴体に向けて、雷の魔法を放ってみよう。
「少しは焦げ臭いけど、鱗に断熱性があるのかしら? 火が通らない感じね」
「こっちも無理だな。皮の表面に絶縁性があるのか? 電気が全部、地面の方に流れてしまう」
この他にもいくつか魔法を試したが、さすがにここまで巨大な生物だと、石化の魔法も効果が無かった。
こうなったら、物理で攻めるしかない。
俺は土の魔法で石のブロックを作り、眼下の地竜に投下してみた。
落下の速度で威力を増したブロックは、ゴツンという鈍い音を立てて、地竜の首筋に当たる。
そこから跳ね返ったブロックは、土煙を上げながら地面を転がった。
「さすがに効いたよな?」
人が鈍器で殴るよりも、遥かに強烈な一撃を加えたはず。
地竜は痛みに悶えるような動きで首をくねらせた。
「やっぱり最後は物理だな。この調子なら何とかなるかもしれん」
が、また何事もなかったかのように動きを止める地竜。
自然に落下させるだけでは威力が低いのか?
しかし、あまり高度を上げてしまうと、今度は命中させるのが難しくなるぞ。
この方法で確実なダメージを与えるには、サキさんに石をブン投げてもらうなどして、落下速度を上げる必要があるな。
「もう一度試してみるか……」
新しい土の精霊石を取り出した俺は、もう一度石のブロックを落とそうとした。
そのとき、地竜の頭がこちらを向く。
首の長さよりも高い位置にいれば安全なはずだが、相手は地竜、油断できない難敵だ。
俺は攻撃を諦めて、水の精霊石に持ち替えた。
竜と言えば、火を噴く種類が多いからな……。
「…………」
やや短い間があって、地竜の顔が一回り膨らんだように見えた。
その瞬間、俺は巨大な水の塊を出して、地竜の鼻先に叩きつけてやった。