第387話「黒い湖」
上空から位置を確認してきたティナに先導されて、いよいよ俺たちは、不気味な色彩を放つ森の中心部に到達した。
周囲の草はすべて枯れたのか、雑草の一つも見当たらない。
黒や赤紫をした葉もあれば、幹の部分が緑色に変色した大木も見られる。
まるで森全体が、猛毒のカビに侵されたような光景だ……。
そして、獣どころか小さな虫の気配すら感じられない。
心なしか二頭の馬も、周りの異様な空気に押されて、苛立ちを隠せないでいる。
物は試しに地面の腐葉土を掘り起こすと、下水のような臭いが立ち込めてきた。
「酷い臭いね」
「落ち葉が土の臭いを遮っていたのかな?」
「土色が悪いの。何かに汚染されておるのやも知れぬ」
「あれ? 今、向こうに湖が見えましたよ」
「どこどこ?」
ユナが見つけた湖に興味が沸いた俺は、サキさんの肩に手を掛けて、木々の向こうに注視した。
「水辺には近寄りたくないが、何かあるかもしれんぞ」
「うむ。行ってみるかの?」
サキさんは馬の手綱を操り、俺が指し示した方向に回頭させた。
ユナが見つけた湖は、遠目にはキラキラと光を反射して輝く湖に見えたが、近づくにつれて雲行きが怪しくなり、最終的には重油で汚染されたような水面が姿を現した。
「天然の油田ですかね?」
「まさかなあ……」
湖の規模は、ちょっとした貯水池くらいはあるだろう。
どこかの川に繋がっているような雰囲気ではないが──。
「どれ、わしが火を付けて確かめるわい」
「サキさん、やめなさい」
湖に火を放つのはどうかと思うが、火を付けて確かめるというのは悪くない考えだ。
俺は適当な木の枝を見つけて、その先端を湖に漬け込んでみる。
「ヘドロの溜まったドブみたいな臭いがする……」
「服に付かないように気をつけなさいよ」
やはりこの臭いはキツいのか、ティナとユナは馬を連れて少し離れた。
俺はリーダーとしての責任から我慢をしているが、本音を言えば避難したい。
「このまま燃やしたら、単に木の枝が燃える状態になりそうだなあ」
「石の土台を作り、そこにヘドロを落として燃やせば良かろう」
そうしよう。
ヘドロは少量だから、小皿程度の大きさでも間に合うかな?
俺は土の魔法で地面に皿状の台を作り、そこにヘドロを落としてから、火の魔法で燃やしてみた。
「燃えませんねー」
「うーん」
「もっと気合を入れて燃やさんか!」
しばらく炎を当て続けるも、ヘドロが引火する気配はなかった。
しかも水分が蒸発した後は、真っ黒い炭になってしまった。
「困ったな。どう考えてもここが怪しい気がするけど、意味が分からない」
「うむ」
「私が読んだ本の中には書いてなかったです。やっぱり、何年もかけて知識を蓄えないと足がかりすら掴めませんね」
「そこが泣き所だよなあ」
「いけませんよね、毎回こういう流れは……」
普段はあまり不満を漏らさないユナが、珍しく顔に出した。
「そろそろ日が暮れてくるし、とりあえずキャンプの用意をしたいわ」
ティナの言う通り、先ほどまで明るかった空が、急に暗くなってきた。
最近の空は、まだ明るいからと油断していると、急に暗くなる。
今日のところは調べようがないので、俺たちは湖から少し離れた場所まで引き返した。