第383話「洞窟と雨」
水辺を避けて暫く進んでいると、山の斜面に天然の空洞を見つけた。
洞窟といっても、山の側面が崩れて出来た窪みのような洞窟だが……。
「ケモノの足跡も無さそうですし、今日はここで休みませんか?」
「蛇とか虫とかいないだろうな?」
俺はティナと二人掛かりで、精霊力感知を洞窟の中に向けて調べた。
「……大きな反応はないみたいね」
「決まりだの」
洞窟の広さは、横5メートル、奥行きは4メートルくらいかな?
入り口付近の天井の高さは10メートル以上もあるが、奥の方へ行くほど天井が低くなっていき、突き当りでは精々1メートル数十センチしかない。
俺は試しに洞窟の一番奥まで歩いてみるが、入り口が開き過ぎているから、横殴りの雨が降ると一番奥にいても濡れるんじゃないかと思った。
風が吹くと普通に伝わってくるし、洞窟というわりには心許無い感じだな。
「まあいいじゃないですか。それにほら、だいぶ曇ってきましたよ?」
「そうだなあ……」
何となく気乗りしない雰囲気の洞窟だが、ユナに言われて空を見上げると、先程までの青空が殆ど雲に覆われていた。
洞窟内でキャンプの支度を終えた俺たちは、簡単な食事を終えて余った時間を、装備品やキャンプ用具の点検と手入れに費やすことにした。
「ティナよ、すまんがグレアフォルツを家に送ってくれんか?」
「一番お気に入りなのに、もういらんのか?」
サキさんはティナに、愛用の魔槍を家の広間へ転送するように頼む。
「そこらの木に引っ掛けんよう、気を付けておったがの。流石に限度だわい」
家に送った魔槍の代わりに、サキさんは俺からカスタムロングボウを取り上げた。
まあ、そうそう使わないからいいけどね……。
「矢筒もくれえ!」
サキさんは俺の矢筒に、通常の矢を限界まで詰め込んだ。
そんな事をしたら取り出すときに大変だと思うが、このくらいの本数は必要らしい。
ここまで人里を離れると、ゴブリンの集団なんていないと思うのにな……。
今まで散々討伐してきたゴブリンだが、やつらは人里に近い場所を好む習性がある。
ゴブリンは物を作ったり直したりする概念が希薄で、食料の保存すらまともにできないので、しばしば人里に現れては盗みや略奪を繰り返す。
そんな生態だから、あまりにも人里を離れた土地では、ゴブリンなんて繁殖はおろか、生き抜くだけでも困難に見舞われるだろう。
精々自分たちより強い魔物の奴隷にされたり、狩りのつもりが逆に狩られたりするだけだ。
「サキさんの盾、魔法で強化してあったのにボコボコですね」
「うむ。これも家に送るかの。腕に当たる部分がへこんで持ちにくいわい。帰ったら板金修理だの」
青トカゲの悪魔が振るう石の剣を受け止めていた箇所は、ティナの強化魔法を物ともしない攻撃でへこみまくっている。
そんな攻撃が頭にでも当たっていたら、いかにサキさんでも即死は免れないだろう。
見た目はそれほど強そうに見えない悪魔だったが、やはり魔法を使う相手は恐ろしいな。
「そう言えば、スキニーが持っていた魔法の槍、あれはどんな武器だったんだろう?」
「効果はわかりませんけど、悪魔の色が薄くなっているように見えましたよ」
なんだろうな?
「魔力や精神力を奪っていたんじゃないかしら?」
見た目にはわからない類の効果か?
スキニーは話し掛けづらい雰囲気が漂っていて苦手だったが、本人に聞くべきだったな。
その点、シャリィが持っている魔弓の効果はわかりやすかった。
離れた場所から一方的にキマイラを倒せるほど強力だったし。
装備品を点検した後は、日用品やキャンプ用具の見直しに入る。
袋に入れて持って来た物の中から、嵩張るだけで使う出番がない道具や、必要以上に持って来てしまった食器や鍋など、そういう物を魔法で家に送り返すと随分手荷物が減った。
長丁場の冒険は今回が初めてなので、思い付く限りの状況に対応できる準備をしたつもりだが、実際に何日か過ごしてみると、いささか過剰な荷物だった事が判明した。
「馬で二人乗りができない量の荷物だからな」
「半分くらい減りましたね。実際に体験すると勉強になります」
「むう……、むう…………!!」
無駄の中でもやたら重い荷物、てっきり四人分の食料だと思っていた袋の中には、サキさんの酒が1ダースも入っていた。
そんなモノはティナの魔法で家に送り返してやったが。
身軽になった俺たちは、鼻息を荒げて嘆くサキさんを無視して寝た。
──翌朝、俺はテントに叩き付ける雨音で目が覚めた。
「今降り出した?」
「そうみたいね」
一応洞窟の中にテントを張っていたのだが、やはり洞窟の口が大きく開いているのが原因だろう。
風に吹かれて斜めに降りしきる雨は、洞窟の中にまで入ってくる。
洞窟の一番奥に置いてある荷物だけは無事だが、こんな状態では雨避けにもならんなあ。
「これはいかん。入り口の天井に玄関庇でも作れんかの?」
「結構大きな障壁が必要になるわね……」
ティナが魔法の障壁を展開すると、それまでテントを叩いていた雨音が止んだ。
無色透明な障壁に打ち付ける雨粒は、ややして無数の雨筋を作り出す。
「今日はどうするんですか?」
「昼になっても止まない様子なら、今日のところは諦めよう」
頭上に障壁の魔法を張っていれば雨に濡れることもないが、山林や森の中では周りの木や枝を傷付けながら進むことになる。
そこまでして急ぐ理由もないので、今日はゆっくり過ごすとしようか……。