第371話「合流」
ティナの魔法で空中を飛ぶこと数十分余り。
速度を出さず、木の先に引っ掛からない程度の高度で飛行したこともあり、俺とシャリィはそこまで不安にならずに済んだ。
当初は余裕と思われていたサキさんを除いては──。
「もう降ろしてくれんか。キンタマが痛うなった」
「うるさい我慢しろ」
面白がって下を見ていたサキさんは、高度が上がるにつれて股間を押さえ始め、仕舞いには情けない声を上げ始めた。
以前縦穴を降りた時は何とも無かったはずなのに、本当に先の読めん男よ。
「ほら、着いたわよ」
空中を一直線に飛んだことも手伝って、徒歩では深夜まで掛かりそうな距離を、一時間も経たずに移動できた。
俺たちが地に足を着けると、先に待機していたユナとスキニーとコロッペの三人が、敵陣の見取り図を描いている。
……ちゃっかりグレンも混じっているように見えるが。
今回は悪魔がいるような集落をどうするかの話だから、秘密にするような余裕は無いと判断したのだろう。
幼いとはいえ、同じ悪魔のグレンから聞き出せる情報があるに越したことはないしな。
「状況はどうなってる?」
「今、コロッペさんの幻影魔法を見ながら、現地の見取り図を描いているんですけど……」
「コレ、此奴ハ悪魔ダゾ! コッチノ化ケ物ハ、違ウゾ!」
「槍を持った方が悪魔で間違いないのだな?」
「ソウダ」
天狗の格好をした小さな悪魔のグレンは、何の違和感もなくスキニーとコロッペに受け入れられていた。
「ちょっとちょっと、なんだいこれは?」
「うちで面倒見てる悪魔の子なんだけど、あまり人前に出せないから、まあ……」
「へえ、可愛いじゃない。あたしらが知ってる悪魔ってのは、人の言葉も話さないし見た目の愛嬌もないから。こんな悪魔なら大歓迎よ」
シャリィはグレンを抱き上げて、ばいんばいんの胸に押し当てた。
そうか。
グレンもレスターもエミリアに召喚されたわけだから、召喚した術師と意思疎通ができる言語を付与されているんだっけ。
言語に関しては、エミリアが展開した魔法陣を通ってきた俺たちにも言えることだが。
もしも召喚魔法以外でこの世界に存在している悪魔がいた場合は、その悪魔が使う本来の言語しか話せないだろうから、人間の言葉が通じなくても不思議ではないか。
それにしても──。
「コロッペの幻影魔法は細かいな。現地の草木まで覚えているとは……」
「マジックアイテムの力を借りているんだ。魔法を封じておける魔道具に幻影魔法の景色を封じておくと、いつでも同じ景色を映し出せるんだよ」
魔道具との組み合わせで、そんな事ができるとは。
俺たちも工夫してきたつもりだが、まだまだ改善の余地があるということだな。
幻影魔法の景色から描き起こした見取り図を前にして、俺たち八人は輪になって作戦を練ることにした。
ちなみにこの八人の中には、小悪魔のグレンも含まれている。
俺はあまり乗り気がしないので、本当にやるべきか皆に確認したところ、俺に同意したのはグレンとスキニーの二人だけだった。
ティナとシャリィの二人は一応やる方向で考えていて、ユナとサキさんとコロッペの三人は絶対にやるといった具合だ。
戦闘狂のサキさんは兎も角、温厚な見た目とは裏腹にコロッペは熱い男だった。
「いずれ災いになる存在は放置できないからね。力と才能を持つ者の責任として、あれは倒しておかないといけない」
「また始まったよ。ここはアンタの領地じゃないんだから……」
コロッペの言葉に、シャリィはため息をつく。
なるほど。魔術学院に通っていた貴族の御曹司然とした正義感ではある……。
コロッペ以外の意見としては、下手に誰かに知らせても犠牲が増えるだけという考えから、やることを決めたようだ。
俺を含めた反対派は、散々犠牲を出した後で結局自分たちが討伐に向かう流れなら、最初から自分たちでやる方が合理的だという意見に反論できなかった。
まあ、俺の方は直感的に苦戦しそうだから嫌だと思っただけだが。
パーティー全員が魔法の武具を持っていて、さらに魔術師が三人もいる連合パーティーを上回る戦力なんて、今すぐ公都エルレトラに引き返しても見つからないだろう。
確かにこのまま俺たちだけでやってしまった方が、早いと言えば早いな……。
「各リーダーのミナトさんとシャリィさんが現地を見て無いですけど、もう一度見に行く方が良いでしょうか?」
「どうだろうねえ……」
「やめておこう。こちらのアドバンテージは奇襲攻撃だから、見つかるリスクは負えない」
それに、俺たちの今までの経験からして、下見に行ったが最後、なし崩し的に戦闘になる予感しかしない。
今回は写真みたいに詳しく状況が分かる幻影の魔法と、それを元に描いた正確な見取り図がある。
きちんと作戦を立ててから強襲するべきだろうな。