第36話「この道、我が趣味」
「他にも漬物とか梅干しとか……え? 味噌はー……作ってなかったなー」
「味噌はだめかあ」
俺はナカミチに紙とペンを渡して作り方をメモしてもらった。ティナも調理場を離れて、全員で広間のテーブルを囲んでいる状態だ。
「ただ醤油は冬に仕込んで、そっから一年くらい掛けて熟成さすんだよな。だから今年の冬に作っても完成するのは来年の冬だよ」
「そんなに掛かるのかよ」
「王都の気候が日本と同じとは限らん。あんま期待しねー方が良いかもよ?」
「難しいのね」
「でも一応は作ってみましょうよ」
「そうだな」
その後もナカミチから田舎の料理を色々教えてもらっていると、すっかり日も暮れてしまった。どうもナカミチはおばあちゃん子だったみたいだなあ。
「酒を探すのに手間取ってな。銭湯は済ませてきたわい」
「おせえよハゲ」
「馬の世話してくるから、酒は冷やしておいてくれえ」
日が落ちた頃になって、ようやくサキさんが帰ってきた。サキさんが馬小屋へ行ったのと入れ違いにエミリアもやってきた。
「名前なんて言ったか忘れたが、ボインのねーちゃんも来たのか」
「ぼ、ボイン……」
ナカミチにボインと言われたボインの姉ちゃんことエミリアは、自分の胸を両手で隠しながら肩をすぼめた。
「鍋を運んでくるわね。重いからサキさんに手伝ってもらわないと……」
かくして六人で鍋を囲むことになった。ティナはすでに完成した鍋をテーブルに運んできたが、鍋を載せる台の下からエミリアが魔法の火を付けたので、調理場にある予備の鍋も一緒にテーブルに並べることができた。
本物の魔術師だと持続時間のある魔法が使えるんだな。これなら精霊石も解放の駒も要らないわけだ。
「味見したときも思ったがダシがうまいな」
「あれ? これ豆腐じゃないですか!」
「乾物の中ににがりっぽい物があったから試してみたのよ。ちょっと固めになったけど鍋だしいいわよね?」
「こっちの世界にも米があったんだな。もう二カ月近く食ってなかったわ。鍋も美味いし最高じゃねーか」
「サキさん肉だんごばっかり食うな」
エミリアは最初鍋をつつくのをためらったが、次第に好奇心に負けてフォークでつつき始めた。とりあえず具を全種類皿に移してから食うみたいだ。
サキさんが肉ばかり食うのを見越してか、肉団子とソーセージは他の具よりも多めに用意されている。鍋はそれぞれの性格が表れて面白いよな。
そういう俺は、きのことおからの揚げ物が気に入った。
「ティナよ、そろそろ酒が冷えたかもしれん。取ってきてくれえ」
「自分で取りに行けよ」
「いいのよ。持ってくるわね」
まったくこいつは……。
「東街まで探して焼酎見つけてきたわい。水で薄めてないから凄いぞう」
「凄そうだな。いくらしたんだ?」
「銀貨300枚」
「まあいいけど……俺らも服いっぱい買ったし……」
先日俺とティナとユナでかわいい服を買いに行ったとき、余裕で銀貨3000枚以上使ったので、サキさんが高い酒を買ってきたくらいでは怒るに怒れん。
六人でつついていると鍋はすぐに無くなって、あとは俺とサキさんとナカミチのおっさん、そしてボインの姉ちゃんの四人で酒飲みの時間となっている。
酒のつまみが欲しいとサキさんに言われたティナは、サヤ付きの豆とブツ切りのとうもろこしの塩茹でを出して、ユナと一緒に銭湯へ出掛けてしまった。
昨日は俺のせいで二人とも髪を洗えなかったからなあ。
俺とサキさんとナカミチとボイン女の四人なんていう珍しい組み合わせで酒を飲んでいると、おのずと話題はアダルトな方向になって行くものだ。
「エミリアよ。この世界では男同士で結婚とか普通にできるのか?」
「珍しくありませんよ。特に若い騎士の方に多いですね。軍隊は女性が居ないので、御付き役に美少年を連れて行く騎士も多くて……私も結構かなり興味があるのですが……」
エミリアも腐ってるタイプか……二人は男色趣味の話題で盛り上がっている。
「そういえばおっさんは結婚とかしてたのか?」
「俺はしてねーな。ここだけの話だが、俺はロリコンなのでね。結婚は無理そーだわ」
「おいエミリア。オルステインは何歳から結婚できるんだ?」
「明確に何歳っていうのはないです。男性の成人年齢は16歳ですけど、女性は子供が生めるようになればその時点で成人ですよ」
「らしいぞ?」
「できれば俺は始まる前の方が……」
ガチかよ。このおっさんも大概だな。元の世界で犯罪とかやってないだろうな?
「わしはこの前、自分の着物を作ろうとしたがミシンがなくて浴衣になった」
「兄ちゃんその浴衣自分で縫ったのか? 器用だな」
「ミシンならありますよ。高価ですけど……」
「あるのか? 買えそうならサキさんに買ってやりたい」
「足で漕ぐのと手で回すのがありますけど、足で漕ぐ方が部品が多いので高いです。新品なら銀貨8万枚くらいからで、使い古した中古でも銀貨3万枚くらいですかね……」
「下手したら家が建つな。一財産だ。手で回すやつの中古なら安いのか?」
「確か銀貨1万枚ほど引いたくらいの値段ですね」
「手回しの中古でも銀貨2万枚か。でも両手が空く方が良いだろうな」
「そうだのう……」
ちょっとミシンまでは手が出ないな。サキさんには悪いが我慢してもらおうか。
「今日俺、ティナにバニーガールの格好して膝枕してくれって頼んだら、バニースーツ見つけてきたら着てあげるって言われた」
「わしは人の趣味をとやかく言う資格がないことは自覚しておるが、ミナトの趣味はちょっとどうかと思う。まさか本人に言うとはな……」
「昼間ユナが居ないのをいいことに甘えまくって体も髪も全部ティナに洗って貰っていたら我慢できなくなった。俺はティナにエロい恰好をさせたい。そしてもっと俺を甘やかして欲しい」
「それは俺もわかる。あの子は良いよなー。ロリロリなのに仕草が色っぽくて堪らん」
ナカミチはうんうんと頷いている。エミリアは顔面が引きつったままだ。
「エミリア。バニースーツだ。何とかならんのか?」
「ちょっとまってください。目まいが……あのウサギさんの衣装ですよね?」
「そうだ」
「悪趣味な貴族が好んで使用人の女性に着せて遊ぶんです。伝統の狩りは貴族の嗜みですからね……確かこの別荘からも出てきましたよ」
「おじ様もわかっているじゃないか。どこで買えるんだ?」
「そういうのを作ってくれる店があるんです。表向きは紳士服の店なのですが……」
「なるほど。紳士の嗜みというやつか。サイズ教えるから買ってきてくれ」
「嫌ですよ! たぶん女性が行っても売ってくれませんし!!」
「じゃあサキさん買って来て。ミナトちゃんからのお願い」
「よかろう」
サキさんが買って来てくれるらしい。流石サキさん頼りになるな。俺は昼間に取り込んだままベッドに置かれているティナのスカートと下着からサイズを調べて、サキさんにメモを渡した。
「ミナトは酒飲まんのか?」
「ティナから暫く飲むなと言われている」
「しらふでバニースーツなどとほざいておったか。これは評価を改めるしかあるまい」
夜も遅くなり、エミリアは引きつった顔のまま魔術学院に帰って行った。酔うとテレポートが使えないと言って、今日は家のランタンを持って徒歩で帰るようだ。
ナカミチも帰ると言うので、俺は金貨100枚と火と水の精霊石を数個、解放の駒の強弱を二セット渡してサキさんに馬で送らせた。
大通りなら夜でも治安は良いが、やはり一人で大金を持ち歩くのは危ないからな。
三人ともいなくなって一人になった俺は、テーブルの上を片付けて調理場で洗い物をしている。じきにティナとユナも帰ってくるだろう。
勝手口の奥にランプの明かりが見えたので、二人が帰って来たのがわかった。
「ただいま。みんな帰ったの?」
「おかえり。ナカミチはサキさんに送らせている。夜道でカツアゲに会ったらいかんからな」
「そうね。とりあえず洗濯しましょうか」
日課の洗濯と歯磨きを済ませて、俺たちは部屋に戻った。相変わらず恥ずかしいネグリジェに三人で着替える。俺はバニースーツの事で頭がいっぱいだったので、今日は駄々をこねずに自分で着替えることができた。
昼間にナカミチが取り付けてくれた鏡は、中央に大きな鏡と、左右に一回り小さい鏡がそれぞれ嵌まり、立派な三面鏡になっている。
中央の鏡は高さもあるので、足先までは映らないが姿見としても十分使えそうだ。
「大きな鏡だな、これで銀貨1000枚はちょっと悪いような気がするな」
「そうね。今度会ったらお礼を言わないといけないわね」
「これで私たちの部屋も完成しましたね。ミナトさん自分の姿を見てください。ほら、すごくかわいいですよ!」
俺はユナに手を引かれてドレッサーの前に連れて行かれた。
「う、うーん……確かに。これはかわいいな……」
三人寄り添って中央の鏡に映った自分を見ると、確かにかわいかった。これなら死ぬほど恥ずかしいフリフリのネグリジェを着ていても堂々とできるなあ。
俺たち三人は、ドレッサーに並んで髪をとかしてから寝た。明日からは小さい手鏡を使わなくて良さそうだな。




