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第366話「もう一つのお湯の沸かし方」

 寒空の下で囲む夕食の席、冒険者が七人も集まれば、それなりの大所帯だ。

 俺たちはシャリィたちのパーティーと共に、互いの夕食を持ち寄っている。


 スキニーが作っていた謎のスープは、十分に煮込むと生臭さも和らいで、普通に飲めるものになっていた。

 味は薄めのコンソメ風味だが、水で戻した干し肉は、ケモノ肉をイメージさせる。

 恐らく初めて食べる肉だな。


 一方、こちらが用意した料理は、肉と野菜の炒め物だ。

 何の捻りもないが、米にはよく合う。

 ちなみに食材は、小分けにして調理場に置いてあるものを、ティナが魔法で召喚してから調理している。

 つまり、食材は問題なく召喚できているわけだ。


 問題は、なぜ湯沸かし器と自作のドライヤーが召喚できないのか、だ……。

 何者かが元の場所から動かしたのか?

 気になってムズムズするけど、もしも何かの事件なら、今更帰ったところでもう遅い。

 この件に関しては考えないことにしよう……。



「ところで、対岸たいがんに居たパーティーは何処へ消えたんだ?」

「奴らは南東へ向かったようだ。夜行性のモンスターを狙っているのだろう」


 誰にあてたものでもない俺の問いに、スキニーが答える。

 先程まで対岸でキャンプをしていた一団は、俺とユナが風呂を作っている間に移動してしまったらしい。

 ベテラン風のパーティーだったが、この真冬に夜戦なんてよくやるものだ。



 そうそう、シャリィ、スキニー、コロッペの三人組だが、固有のパーティー名は決めてないそうだ。

 仲間に魔術師がいる強みを生かして、いきなり遺跡群に突入したせいで、駆け出し冒険者が本来踏むべきはずの手順をすっ飛ばして来たのだという。

 もちろん、街中で必要になるときは、その都度思い付きで名乗っているらしいが。


「役人の詰所が拠点になる依頼で、『夜明けの盗賊団』なんて名前にしたときは、大層風当たりが強かったね」


 先程まで大人しかったシャリィが、サキさんの酒をラッパ飲みしながら高笑いする。


『…………』


 ──サキさんだが、食事が始まってすぐに腹痛を訴え、風下の林の中へ小走りで消えた。

 真冬の外気に冷やされたプレートアーマーが、一種のラジエター効果を生んでしまい、それで体が冷えたらしい。

 こんな調子なら、鎧に毛皮のカバーでも取り付けておくんだったな。





 皆の食事が終盤を迎える頃になって、ようやくサキさんが戻ってきた。


「ちょっとアンタ、大丈夫なのかい?」

「うむ……」


 ラッパ飲みでいい具合に仕上がったシャリィは、素の性格のままサキさんを気遣う。

 腰をくねらせて迫りくる姿にドン引きしていたサキさんも、素のシャリィなら問題ないようだな。


「スープ冷めちゃったわね」

「うむ。仕方あるまい」

「貸してみろ。いい方法がある」


 スキニーはサキさんからスープを受け取ると、菜箸さいばしのような枝で焚火の中から黒い宝石を取り出し、それをスープの中に入れた。


「これは溜め込んだ熱をゆっくりと放出していく特殊な宝石でな……そろそろいいかな?」


 底の方からコポコポと泡が立ち始めたところで、スキニーは特殊な宝石とやらを取り除いた。

 グレンの特技と同じような事が出来るのか。便利な宝石だな。



「ほう、熱すぎて飲めん程だわい」


 サキさんは口を尖らせて息を吹きかけると、アツアツになったスープを飲む。


 ………………。


 ふと思ったが、グレンを水風呂に入れて、お湯を沸かせと命令するのは流石に酷か……。

 何か代用できるものがあればいいんだが。


 ……ああ、そうか。


「ティナ、ちょっと来てくれ」


 食事を終えたところで悪いが、俺はティナの手を引いて、林の中に作った風呂場まで移動した。





「湯沸かし器の召喚は無理そうだから、とりあえず風呂に水を張ってしまおう」


 俺は解放の駒まで持ち出して、ティナと一緒に地面に掘った浴槽へ水を張った。

 解放の駒から溢れ出す水と一緒に、二人掛かりで魔法を使えば、少々広めの浴槽だろうと瞬く間に満水になる。


 まあ、問題はここからだ。


「かなり前の話だが、武器を強化する魔法を試したことがあっただろう」

「あったわね」

「確か斧だと刃先が熱くなったよな? それを水風呂に突っ込んだら、さっきの宝石や、グレンみたいな芸当ができるかもしれない」

「そういうことね。あまり強化したら爆発するかもしれないから、少し弱めに掛けるわね」


 俺が腰のハンドアックスを抜いて差し出すと、ティナは武器強化の魔法を掛けた。

 魔法で強化されたハンドアックスの刃先は、一瞬白色に輝き、やがて暗めの電球のようなオレンジ色に落ち着く。


「よし……。大丈夫かな? このまま突っ込んでも……」

「かなり抑えてあるから、爆発はしないはずよ」


 俺は恐る恐るハンドアックスを水風呂に付ける。


 パシュパシュと景気の良い音がする。

 ストーブの天板に水滴を垂らしたような音だ。

 もうもうと水蒸気が広がる。


 俺は意を決して、ハンドアックスを水の中に浸け込んだ。


『……………………』


 最初は無数の泡が湧いていたが、それはすぐに収まる。

 ……強化の魔法が切れた訳ではなさそうだ。


 数分が経つと、湯けむりのような湯気を確認できるようになった。

 俺は指で風呂の水を弾いてみる。


「気温が低いせいだな。混ぜたら水に戻りそうだ」

「魔法を掛け直してみようかしら?」

「うん」


 俺たちはもう少し強い魔力を込めた魔法を使って、ハンドアックスを強化した。


「水の中に浸けてしまえば大丈夫だな」

「水を入れながらやれば良かったわね。最初から満水だと、なかなか沸かないわよ」


 手順を間違えたか。

 もったいぶらずに、最初からプランを説明しておけば良かったかも……。

 誰でも思い付くようなアイデアで称賛を受けるのは、そうそう簡単ではないな。



「浴槽の反対側の温度見てくれる?」

「いいわよ……底の方は水ね」

「これちょっと、ハンドアックス一本じゃ間に合いそうにないな」


 サキさんが全員分のハンドアックスを買っていたはずだから、東西南北の四方向からお湯を沸かしてみようか……。





 俺はキャンプに戻って残り三本のハンドアックスを回収し、四方向からお湯を沸かす方法に切り替えた。

 まさか風呂を沸かすだけで、こんなにグダグダになるとは思わなかった。


 男女で別れて入ったときに、男性陣のターンでお湯が足りなくなったら困ると思って大き目の浴槽を掘ったのだが。

 よく考えてみたらコロッペが魔法を使えるんだし、要らぬ気遣いだったかもしれん。

 失敗したなあ。


 何だかんだで四十分くらい掛けて、風呂の水を沸かすことには成功した。


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