第361話「精霊力の相性について」
道中、いきなり攻撃をしてきた姿なき襲撃者の正体は、風の精霊だった。
一度でも敵の正体を認識した以上は、精霊力感知で見失うことはない。
ただ、精霊なんていう掴み所のない存在を目の当たりにして、俺は対処に悩んでいた。
よりにもよって、相手は「風」なのだ。
存在の位置は曖昧だし、目の前を通り過ぎれば、尾を引くような感覚を残していく。
ふわっと拡散したかと思えば、濃い塊となって襲い掛かってくる……。
一瞬、ユナが持っているアストラル光ブレードとやらで斬れないかと考えたが、空中を飛び回る相手には手が届かない。
俺は意を決して、土の精霊石を取り出した。
あまり自信はないが、風の精霊に砂利の雨でも食らわせてやるか……。
俺は偽りの指輪に精神を集中させながら、向かってくる風の精霊に向けて、大量の石つぶてを降らせてみた。
「うわぁ!?」
突風に吹かれて、俺の足が地面から浮く。
残念なことに、砂利による攻撃は全く利かなかった──。
「風に有効な属性は火です! 土の魔法は風に不利! 逆ですよ!!」
ティナの回復魔法で傷の癒えたユナが、俺の知識を訂正する。
そうか、風に対抗するなら火か……。
やっぱり、家で遊んでいる時間にしっかりと検証しておくべきだったな。
本の流し読みや、うろ覚えで済ませた知識は、咄嗟の場面でアテにならない。
「攻撃は俺に任せてくれ。ティナは障壁の魔法で、風の精霊を近付けさせるな!」
「ええ、大丈夫よ。そっちは任せるわね」
改めて──。
俺は火の精霊石を取り出してから、宙を舞う風の精霊を、魔法の炎で包む。
「…………」
風の精霊は、断末魔を上げる事もなく、ただ静かにその場で消滅した。
突然の襲撃を振り払った俺たちは、街道を外れて荒れ放題の道に身を寄せながら、ユナの具合を診た。
「切れたのはここですか?」
「大丈夫よ。傷一つ残してないわ」
「とにかく血を拭かないとな……」
冬の冷たい風の中、血に汚れたブラウスを脱いだユナに、水で濡らしたタオルを渡す。
しかし、あんな訳のわからん精霊が襲ってくるようじゃ、この街道は駄目かも知れんな。
風の精霊ではあったけど、普段そこら中にいる風の精霊とは少し感じ方も違った。
まるで油に火が付いたかのように、暴力的な意思を持った風だ。
偶然運悪く鉢合わせをしただけなら良いが、日常的に遭遇するようでは困る。
「落ち着くまでゆっくりしたいけど、ここに留まって、またおかしな精霊に襲われたらかなわん。とにかくここを離れよう」
「そうですね……」
ユナが着替え終わるのを待ってから、俺は出発を促す。
全員、異論はなかった。
とにかくここで長居をしたくないのは、共通の考えのようだ。
俺たちは街道を離れて、東に進んでいる。
暫く行けば湖があるはずだが、道中、精霊力の相性について改めて確認を行った。
「あくまでも基本ですけど、火は風に強く、風は土に強い。土は水に強く、水は火に強い……こんな感じです」
「なるほど。俺は逆方向に覚えていたんだな。以前の実験で、水の矢が石を貫通したから、水は土に強い、土は風に強いみたいに、相性の方向が逆になっていた」
あれ?
土が水に強いんだったら、どうして水の矢は、石に穴を開けられたんだ?
「水の矢が石を貫通したのは、魔法の矢の精霊力が、あまりにも強力なせいだと思います」
俺たちが使っている魔法の矢は、意図的に精霊力を暴走させることで、瞬間的に巨大なエネルギーを発生させている。
いわゆる、強すぎて問答無用というやつか……。
「もしも同じくらいの精霊力や魔力で出した石の壁なら、貫通しなかったでしょうね」
精霊力には、他にも光と闇、生命と精神などが存在する──。
「光と闇は交互に打ち消し合うから、どっちが有利とかは無いよな?」
「それは無かったはずよ。力の強さに関係なく、光と闇が交わる部分は消滅したと思うわ」
「逆に、生命と精神の精霊力は、どの精霊力とも打ち消し合わないんですよね」
俺が以前読んだ本には、生命の精霊力は単一の精霊力ではなく、ありとあらゆる精霊力がバランスを保ちながら存在している状態を指しているのだと書いてあった。
そのバランスが微妙に狂った状態が、風邪であったり病気の症状として現れるらしい。
それゆえ複雑すぎて、魔術師が魔法で病気を治すことは困難を極める……。
そういえば、サキさんがカルモア熱で倒れた時も、魔法に頼ることは出来なかった。
病気の治療に関しては、精霊術師の領分だな。
「精神の精霊力は、精神というカテゴリから、それぞれの感情に派生するみたいですね」
「俺はもう、そのレベルの話になると付いて行けないな……」
精神の精霊力から、怒りや悲しみといった特に強い感情が、それぞれの精霊を生み出すことさえあるらしいが……。
「あとは──魔術師なら雷と氷の精霊力を使いますし、精霊術師は植物や雪の精霊力を感知できますね」
「ここも良く理解できてないんだよな。俺とティナは精霊術師でもないのに、植物と雪の精霊力まで感知できるからな。しかも雪の精霊石を作ったこともある」
「そこは私も分からないですね……」
俺もティナもこの世界ではイレギュラーな存在だから、やはり若干の相違が生じているのだろう。
そんな会話を続けていると、やがて目の前が開けてきた。