第360話「姿なき襲撃者」
夜明けとともに移動を開始した俺たちは、進んでも進んでも変わり映えのしない街道を、ひたすら北上し続けた。
『………………』
何かの話題で盛り上がることもあれば、暫くの間、沈黙が続く時間もある。
そんな事を繰り返しているうちに、街道を離れて東へ進む道を発見した。
「ここから東に向かうんだな?」
「だろうの。もう殆ど読めんが、腐った立札に書いてあるわい」
「踏み荒らした跡もありますね」
立札には、この先に湖があると記されているように見えた。
殆ど朽ち果てている立札の文字は、この先に湖があることを知っていないと読めないレベルなのだが……。
俺たちが狩りの標的にしているアーマード・ドラゴンは、この先にある湖を越えた辺りで目撃されている。
このまま迷わずに湖まで進めたら、今日の目的の半分は達成できたも同然だ。
日中は風が強くなる。
この風は一時的なものだと考えていたが、この地方の特徴なのかもしれないな。
不思議なことに、風は頭上よりも高い位置で吹いているらしく、逆風に苦しめられることがないのは幸いだ。
唸る風は、今も周囲の木々を揺らしている……。
「痛っ!」
「何? 虫にでも刺された?」
声の方を向くと、ハヤウマテイオウの上で、ユナが頬を押さえていた。
押さえる手の平から、ボタボタと血がこぼれている。
「大変……。ユナ、押さえてる手を緩めないで!」
異変に気付いたティナが、白髪天狗に跨ったままユナに近付いた。
「…………」
頬を押さえているユナの手からは、容赦なく血が流れている。
流れる血は腕を伝い、袖の中へと消えていく……。
ティナはユナの頬に当たりを付けながら、丁寧に回復の魔法を使い始めた。
「大丈夫よ。もっと酷い怪我でも傷跡が残らないんだから、すぐ元通りになるわ」
回復の魔法を使いながら、ティナはユナを勇気付ける。
「こっちはいいから、ミナトは原因を調べて」
「頼む。サキさん、近くに何かいるはずだ。ここは二人の盾になって正体を探るぞ」
「うむ……」
突然の出来事で、俺たちは動揺している。
原因は分からないが、何もないところで突然、ユナの頬が切れたからだ。
何かの危険が迫っているのかもしれない。
正直俺は、ユナの具合が気に掛かる。
だが、今はティナの魔法に任せておこう……。
サキさんはカイトシールド、俺はライオットシールドを構えた。
二頭の馬と、ティナとユナを中心にして、俺とサキさんは左右の茂みを警戒する。
「精霊力とやらで見つからんかの!?」
「今やっている!」
焦りのせいか、サキさんに突っ込まれるまで精霊力感知を忘れていた。
俺は偽りの指輪に精神を集中させて、この周辺に強い生命力が隠れていないかを確認する。
「……………………」
俺は茂みの奥を精霊力感知で探ってみるが、これと言っておかしな反応はないと思う。
強い生命力や精神力なら、俺の周りに集中している。
それ以外の精霊力では、地面の土、大気の風、茂みの植物、光と闇の精霊力……。
この場所自体が大自然すぎて、どの精霊力も反応が強い。
「おぉぅ……?」
「どうしたのだ?」
俺の鼻先を、何かが横切った。
何となく違和感を感じたので一歩下がったのだが、鼻先を通り過ぎた何かは、明らかに異質だと感じた。
「気を付けろ! やっぱり何かいるぞ!!」
「どういうことなの?」
「わからん。見えないけど何かいる。ティナは魔力感知で調べてくれ」
俺は異変の正体を探るため、精霊力感知で違和感の正体を探す。
ティナの魔力感知と合わせれば、大抵のものには気付くはずだ。
「…………」
「………………」
「うわぁっ!」
強風に紛れて、顔の手前に構えていたヒーターシールドが、不自然な力で弾かれた。
「そこかッ!!」
俺が何かに弾かれた刹那、サキさんの魔剣が一閃する。
しかし、魔剣は何もない空間を斬った。
「むう。これは……」
サキさんは、すかさず後ろに飛びずさる。
この辺りの判断は相変わらず早い。
不思議そうな顔でその場に突っ立っていたら、それこそただの的だからな。
ただ──。
盾を弾かれたとき、掴むに掴めなかった「何か」の正体に目星が付いた。
これは恐らく……。
「風の精霊だ! 普段の精霊力とは感覚が違う」
「解せぬ。風の幽霊かの? 一体どうするのだ!?」
幽霊ではないが、まあ似たようなものか。
とにかく実体が無いので、サキさんの攻撃は当たらないだろう。
風に対抗できるのは、確か土の魔法だったか……。
だが、今すぐ俺が使える土の攻撃魔法をイメージしても、有効打が見つからない。
石の壁や落とし穴で何とかなるような相手では無いからだ。