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第35話「湯沸かし器を作ろう」

「解放の駒では微妙な火力の調整ができんのだが、どうやって湯の温度を調整すればいいだろうか?」

「瞬間湯沸かし器を見る限り、火の強さはいつも同じだった記憶があるのう……」

「たぶん水圧よ。水がゆっくり流れると熱する時間も長くなって熱く、水が早く流れると熱する時間が短いのでぬるく……」

「そういうことか」


 ここで新たな問題が出てきた。火も水も解放の駒を使っている限り、どちらの出力も一切調整できないのだ。しかも自然落下の水では水圧すら調整できない。

 流石に水温を調整できないようでは不便だろう。



「うーん……」

「加熱したパイプを流れる水の量より、精霊石から出てくる水の方が多いですよね?」

「何となくそうなりそうな感じだよな」

「お湯自体は常に全力で沸かしてしまって、上のタンクから溢れてしまう水を利用して熱湯を薄める方法はどうですか?」

「いい発想だ。水がいらないときは湯沸かし器の外に垂れ流してもいい。魔法の水なら節水なんか関係ないしな」


 最後の問題はユナが解決した。


 俺やユナの家では、湯が熱いときは水の蛇口から調整していたな。俺もティナもサキさんも瞬間湯沸かし器の仕組みから考えていたので、ユナに言われるまで直接水で薄めるという単純な発想が浮かんでこなかった。

 精霊力なら省エネを考えずにガンガン使ってもタダなので、この方法で正解だろう。


「なるべく詳しい設計図を描いて、ナカミチのおっさんに作ってもらうか」

「その前に少し休憩にしましょう」






 今は朝の十一時くらいだろうか? ティナとユナの二人は調理場からお茶とおやつを持ってきて、俺たちの前に並べた。


「これ……」


 朝食で見たカラメルシロップが入っている容器にスプーンを入れると、中からプリンが出てきた。


「甘くておいしいですよね。プリン大好きなんです」

「俺も好きだな」

「うまかった。おかわりはあるか?」

「これだけよ。また作るわね」

「サキさんもっと味わって食え」


 お菓子の類はエミリアとの交渉で切り札になりそうだから、今は内緒にしておこう。

 俺たちは良く冷えた甘いプリンと、スパイス風味の熱いお茶を飲みながら湯沸かし器の設計図を描いた。

 俺とティナで描きまとめて、サキさんがきれいに描き直すといった具合だ。



「わしは今宵の酒でも買いに行く。そのまま銭湯に入ってくる所存である」

「一度帰ってくれば、酒を冷やしておけるぞ?」

「では一度戻ってくる!」


 描く作業が終わったら、早速サキさんは酒と銭湯のために家を出て行ってしまった。



「私はナカミチさんの所にお茶を届けに行ってきます」

「それならついでに設計図も届けてくれ」

「いいですけど、私じゃ細かい説明はできないですよ?」

「じゃあティナが付いて行けば……」

「いっそナカミチさんに来てもらったらどうかしら?」


 それもアリだな。解放の駒と設計図と設置場所、全部見てもらった方が良いかもしれない。特に魔道具前提の装置だと理解して貰う必要があるしなあ。


「じゃあユナはナカミチのおっさんを呼んできてくれ」

「わかりました。じゃあ行ってきますね」

「今日は鍋だからおっさんも誘っていいぞ。そのときは椅子を一脚買って来てくれ」


 ユナも出て行ってしまったな。ティナは鍋の準備を始めたようだし、俺は暇になってしまった。






「ミナト、お湯を沸かすのを手伝ってちょうだい」


 俺が意味もなくドレッサーの低い椅子に座ってぼーっとしていると、夕飯の仕込みを終えたティナに呼ばれた。


「随分湯がいるんだな」


 俺とティナは洗い場の大きなたらいになみなみと湯を張っていた。窯の方にはさらに追加の湯を沸かしている最中のようだ。


「今日は髪も洗うわよ。ユナが帰ってくる前に済ませましょう」

「俺だけ? まあ今日も銭湯には行けんしなあ……」



 俺は服を脱いで一人掛け湯をしていたが、折角ティナと二人きりなので意味不明な駄々をこねて、体と髪を洗ってもらうことにした。


「前の方も洗ってくれないとやだ」

「しょうがないわね。ユナのいないときだけよ」


 ユナがパーティーに加わってから、賑やかにはなったがティナを取られたような気がして寂しかった俺は、全部ティナに洗って貰うという甘えんぼさんプレイを堪能している。


 俺のマザコンは治るどころか変な方向に悪化していた。


「ちゃんと温まるのよ?」

「うん!」


 髪も洗ってさっぱりした俺はたらい風呂に浸かっている。湯はへその下辺りまでしかないが、それでも温まっていると具合が良い。






 たらい風呂から上がった俺は、髪を拭きながら調理場でティナの後姿を眺めている。調理場に立つときは、いつもポニーテールかおさげにしているのが普通みたいだ。

 今日はフリフリの恥ずかしい店で買ったワンピースを着ているので、あまり脚が見えないのが残念である。


「ティナはフリフリの服よりもタイトミニの方が魅力的に見える」

「そう?」

「あと、艶が凄いから髪は降ろしていた方がきれいだと思う」

「なるべくそうするわね」

「できればバニーガールの格好で膝枕して俺の頭を撫でて欲しい」

「見つけてきたら着てあげるわ」


 たぶん売ってないよな……しかし相当頭のおかしい要求をしてしまった。自分に秘められた可能性が恐ろしい。今夜もう一度サキさんに相談してみよう。



 そんなやり取りをしているとユナが帰ってきた。ハヤウマテイオウを馬小屋に繋いでいる姿が調理場からも見える。


「おっさん連れて来たかな? ちょっと見てくる」






 俺が広間の方へ行くと、ちょうどユナとナカミチが玄関から入ってくるところだった。


「あ。ミナトさんただいま」

「おかえり。ナカミチのおっさんも久しぶりだな」

「おうっ、邪魔するよ。しっかし良い所に住んでやがるなー」

「街の外は安いんですよ。でも数日前は2メートルくらいの巨大ムカデに襲われました」

「考えたくもねーな。ボロくても街の中が安全て訳か……」


 ユナはこの前買ったのと同じ椅子を抱えて、ナカミチは布で覆った大きな板を抱えている。俺はユナから椅子を受け取ると、テーブルの空いているスペースに置いた。

 広間のテーブルは長方形で、そこに六脚の椅子が収まっている。ここまで増えるんだったら、もう少しサイズの大きな円卓テーブルの方が良かったかもな。


「おっさんが持ってるのは何だ?」

「三面鏡の鏡だよ。ユナちゃんから頼まれたんで急いで作ったわ。重いし部屋まで運んでやろう。額に取り付けるのも大変だろーしな」

「それは助かるな。二階の奥だから頼むわ。あと金はいくらなんだ?」

「材料費くらいは貰うが、三枚の合計で銀貨1000枚にしておいてやるわ」

「わかった。帰るときに払うから今日はゆっくりしていってくれ」


 ナカミチはユナに案内されて俺たちの部屋に入っていった。そういえばサキさん帰って来ないな。酒を冷やしに戻ってくる話だったが、我慢できずに銭湯に行ったのかも。



 三面鏡の取り付けはすぐに終わったようなので、俺とユナとナカミチの三人は一緒に洗い場に移動して、解放の駒で火と水の精霊石を実演しつつ設計図を見せて説明した。


「この魔道具も便利だが、おもしれーこと考えたな。浴槽はどのくらいの規模なんだ?」

「三、四人が並んで足を延ばせるくらいの大きさにしようと考えている」


 ナカミチは無精ひげをジョリジョリ触りながら暫く考えて……。


「でけーな……熱効率を考えて銅管を巡らせんと。その魔道具は強弱セットで貸してもらえるのか? 試しながら作らんと失敗しそうだ」

「もちろん持って帰ってくれていい」

「設計図がわりとしっかりしてるから、あとは銅管だけだねえ……ただ最近、銅がやたらと高くなりやがった」

「大体どのくらい掛かりそうなんだ?」

「俺が考えてる大きさだと、鉄の部分で銀貨1000枚、銅の部分で銀貨3000枚は欲しいわ。製作費込みの値段だ」

「それで頼む。素材の仕入れに金が必要だと思うし、鏡の代金も含めて金貨100枚渡しておこう。足りないときは言って欲しい」


 やっぱりこのおっさんだと話が早いな。湯沸かし器だと説明したら構造まですぐに理解して見積もりも出してくれた。もう完成したイメージができているのだろう。






「どう? うまく行きそうなの?」

「うん。話の方はまとまった。あとは浴槽を何とかするだけだ」


 調理場から顔を覗かせたティナが俺に尋ねてきた。やっぱりちょっと気になるらしい。


「話が終わったらこっちの味見をしてくれないかしら?」


 ティナが味見を求めてくるのは初めてだな。俺とティナは小皿の汁を吸ってみた。


「いいな。かなり和風のダシに近いと思う」

「おいしいです。エミリアさんが買ってきた高価な昆布とか小魚の乾し物ですよね?」

「醤油がないのにかなりのところまで再現できるもんだな」

「醤油か……死んだ田舎の婆さんと毎年作ってたの思い出すわ……」


 ナカミチが遠い目をして呟いた。このおっさん作り方を知っているのか。


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