第358話「夜の見張り」
テントの中で毛布を被り、暫くすると起こされた──。
「起きてミナト、交代の時間よ」
「もうそんな時間か……」
体感では10分程度のような気もしたが、それでも4時間の睡眠を確保できたようだ。
今までは夜通しの見張りを必要としない冒険ばかりだったから、毎日これでは身が持たないぞ……。
やはり夕方にはキャンプを始めて、夜の9時には寝たいところだ。
それなら交代制で見張りをしても、最低5時間の睡眠が取れると思う。
一日中歩き詰めて、さらに戦闘もあるのだから、疲労で集中力を欠きましたでは話にならない。
場合によっては、丸1日の休息を設ける必要が出てくるかもな。
ユナとサキさんがテントの中に入ったので、俺とティナは寝起きの支度をする暇もなくテントの外に追い出された。
「屋根が無いのは心細いな……」
俺は魔法の櫛で髪を梳かしながら、空の星を見上げる。
王都より北の地方では見ることのない三日月が、今夜も出ていた。
『………………』
何か話をして時間を潰せればいいのだが、後ろのテントではユナとサキさんが眠っている。
話し声がうるさくて、ろくに眠れなかったなんて事態になると、翌朝に響くからな……。
見張りの間に楽しいおしゃべりという訳にもいかない。
それはそうと、目の前の焚き木の中にはグレンがいる。
いくら火の悪魔だと言っても、焚火の中で丸くなって寝ているグレンの姿は、七面鳥の丸焼きみたいな格好に見えた。
焚き木のおかげで寒くはないが、あまりにも暇だ。
こんなことなら、本でも持ってくれば良かった。
いや、見張りなんだから、ずっと本に集中しているようでは困るのだが……。
常に周りの音を聞き取り、気になった場所に目を凝らして、時折キャンプの周囲を警戒して回る。
この山林に出没するのは、野生動物だけではないのだ。
人間に敵意を抱いて、虎視眈々(こしたんたん)と冒険者の隙を伺う魔物だって存在する。
その上、知能を備えているのだから、警戒レベルを対人戦まで引き上げてもやり過ぎではない。
「ちょっと、おしっこ」
「あまり遠くに行っちゃだめよ」
俺は魔法のランタンを持って、テントの裏側にある木陰に回った。
しかし、暇だなあ……。
本当に何もやることがないので、俺は自分が座っている場所に土の魔法で背もたれと肘掛けを作った。
ついでだから足が下ろせるように、足元の地面に穴を掘ってみる。
「地べたに座るより楽かも」
調子に乗ってきた俺は、快適な見張り番をするにはどうすれば良いのかを考え始めた。
これから毎晩こうやって過ごすんだから、少しでも環境を整えたいところだ。
「グレン、起きてるか?」
「ドウシタ?」
焚き木の中で寝ているグレンに声を掛ける。
どうやら狸寝入りだったようだ。
そもそも、悪魔って寝る必要があるのか?
「…………」
俺は足元に掘った穴の側面を、土の魔法で石に変えてから、その穴に水を溜めた。
「グレン、ちょっとこの穴に手を入れて、熱くなるのやってくれんか?」
「穴ノ中ハ、水ジャナイカ……」
火の悪魔のグレンは、真冬の凍るような冷たさの水を露骨に嫌がった。
「この水の中で熱くなるのをやってくれたら、水が熱くなるだろう? 風呂と同じくらいの温度にしてくれないか?」
「ソノ程度ナラ、イイダロウ」
グレンはもぞもぞと焚火の中から這い出ると、両手を水溜りに浸けて気合を込めた。
「ムムムムム……!」
グレンの二の腕から下の皮膚が、赤から明るいオレンジ色へと変化するにつれ、水に浸かったグレンの手から、小さな泡が立ち始める。
「ありがとう。このくらいでいい」
「ウムウム」
およそバケツ三杯分の水は、1分と掛からずにお湯に変化した。
全身に熱を帯びるグレンの特技は、正直微妙だと思っていたが、これはこれで役に立つじゃないか。
この調子で風呂でも沸かして貰おうという考えが脳裏に浮かんだが、湯沸かしのために真冬の冷水に浸かれと言うのは流石に酷だろう……。
「じゃあグレン、こっちもお願いするわ」
「ウム……」
俺の作業を見ていたティナも、同じように足湯を作っていた。
二枚重ねのタイツを脱いだ俺は、少し熱めのお湯に足を潜らせた。
「はわわわっ……」
冷え切った足がお湯に浸かると、ジンとした痛みに混じって、背筋が震える。
これはかなり気持ちがいい──。
多分、こんな場所でやっているから気持ちよく感じるんだろうな。
二枚重ねのタイツから解放されたこともあって、気分良く足首を伸ばしていたら、足が攣った。
これは、ユナとサキさんが起きてきたら代わってやろう。
30分も足湯をすると、いまいち覚めきっていなかった頭も調子を取り戻した。
ティナの方も同様か、朝食の支度を始めている。
あと一時間もすれば夜明けかな?
朝食の時間が来るまでに、今日の予定を考えておこう。
今日はなるべく早くに出発して、二つ目の野営地の少し手前から東に向かう。
東に進むと小さな湖があるらしいので、そこをキャンプ地としよう。
その湖を越えた辺りで、アーマード・ドラゴンが目撃されている。
アーマード・ドラゴン、一つ目の目撃ポイントでは、地形も手伝って一方的に攻撃を加えることができた。
しかし、次のポイントでも地中に身を隠しているようだと面倒だな。
しかもあの俊足。
平地で出くわしてしまったら、こちらが攻撃を仕掛けるよりも早く襲ってくるかもしれない。
まあ、生命の精霊力を感知しながら進めば事故は起きないだろうが。
それにしても、サキさんが使い物にならない以上、前衛の盾は無い物として行動しないといかん。
まさか、フナムシの類が苦手とはな……俺も苦手だけど。
最悪、サキさんにはキャンプ地で留守番をして貰おう。
荷物満載の馬二頭を連れ歩いていたんじゃ、安心して戦えないし。
馬と荷物をキャンプ地に置いておくなら、誰かが見張っておく必要がある。
さて、どうするかな?