第352話「いざ集発~公都再び」
装備の再確認を終えた俺たちは、続けてキャンプ道具の点検も行った。
今回は今までの冒険とは少し状況が違う。
荷馬車は使えないし、山林の中を何日も探索するのだから、相応の備えが必要だ。
「通常のキャンプ道具に加えて、寒さ対策の道具もあるから、荷物が大きいな」
「メシはどうなっとるかの?」
「食材は10日分用意してあるわ」
「一週間くらい探索したら、テレポートして家に帰る計算ですね」
予備の3日分は、不測の事態が起こったときの保険だ。
特に何事も無ければ、今年中は山林の中で過ごすことになるかもな。
「それじゃあ、出発しようか……」
「うむ」
「待って。荷物は馬に載せて行くわよ」
「あ……」
ティナの一言で、すっかり忘れていた馬の存在を思い出した。
いや、忘れていたのとは少し違うか……。
今回は、毎日テレポートして家に戻ることができない。
そうなると、馬をどこかへ預けておく必要があったのに、思いっきり忘れていた。
しかしティナは、馬に荷物を載せて行くと言う。
「荷馬車は無理だけど、一応安全のために、二回に分けてテレポートさせるわね」
「馬もテレポートできるのか? それは有り難いが……」
テレポート魔人のエミリアですら、自分一人が精一杯なのに……。
魔道具の力でブーストされてはいるが、どう考えてもエミリアを超えているよなあ。
もしもこのまま魔力が伸び続けたら、古代の魔術師に匹敵するんじゃないか?
「よし、俺とユナがハヤウマテイオウの手綱を持って先発する。サキさんは白髪天狗の方を頼む」
「よかろう」
「準備は出来た? それなら行くわよ」
ティナが古代竜の角の杖を振ると同時に、俺の視界が切り替わった。
俺たちはテレポートの魔法で、公都エルレトラに到着した。
いきなり街の中心に現れる訳にもいかないので、街から少し離れた場所に出現して、そのまま北上するルートを選んだ。
「どちらにせよ、王都に続く街道まで歩かないと始まらんだろうな」
「サキさん、もう一度地図を見せて貰えませんか?」
「書き写しておいたゆえ、ミナトとユナで持つが良い」
サキさんは二枚ある地図を、俺とユナに渡す。
俺が受け取った方の地図には、印の部分に説明文が追加されていた。
これは分かりやすい。サキさんグッジョブだ。
山林地帯の地図を見ると、王都と公都を繋ぐ街道沿いには、軍の野営地が点在している。
エルレトラ公国の最優先事項は、王都と公都を繋ぐ街道の整備と、その安全を確保することなので、街道に沿って展開するのは当然だろう。
軍の野営地では、討伐したモンスターの換金や、消耗品などの買い物ができるようだ。
いちいち街まで戻っていたら、それだけで数日間のロスだからな。
賞金稼ぎの冒険者に、投げっ放しではない所は好感が持てる。
それ以外の印は、過去に強力なモンスターが出現した場所のようだ。
山林の東西数カ所にある池や湖のほとりでは、バツ印がいくつも重なっている。
やはり水場に集まる生物が多いのだろうな……。
「初めはどこに向かいますか?」
「俺たちの目的は、エミリアおすすめのアーマード・ドラゴンを狩ることだからな。まあでも、生息地の見当が付かんし、暫くは街道を進みながら、兵士や冒険者から情報を集めることになるだろうな」
白髪天狗とハヤウマテイオウ、二頭の馬には荷物を分散させてある。
分散させているとは言え、四人分の荷物となれば相当な重量だ。
俺たちは、交代で馬に乗ったり歩いたりしながら、街道を目指している。
俺たちが歩いている場所からだと、公都の北側が良く見える。
公都の外壁からはみ出した街並みも、北側に面した部分だけは、バリケードのような柵で守られている。
公都と山林までの距離は、随分あると思う。
視界の奥に見える山が目的の山林だとしたら、距離にして1キロは離れている感じだ。
所々に茂みの部分があるものの、基本的には平地が続いている。
そして、広大な平地の殆どは、山から流れてくる水を引いて水田となっていた。
「ここで米でも作っているのかな?」
「米だけなら、今の時期は乾燥しておるわい。真冬でも水を引いておるのは、化け物の足を鈍らせる狙いがあるのかも知れぬ」
……今日はきれいな晴れ空だ。
冬の王都は微妙に曇りがかった空が多いので、風の冷たさは堪えるものの気分はいい。
「街道が見えてきたわよ」
街道に出てから公都の方角を見ると、まるで鉄格子を思わせる北門が見えた。
王都のような格調高さは微塵も感じないデザインだ。
こういう物々しさを見るたびに、ここは安全な世界ではないのだと、改めて思い知らされてしまう。