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第34話「湯沸かし器を考えよう」

 俺たちが夕食の準備をしているとサキさんが帰ってきたのがわかった。調理場から離れに向かうドアは換気のために開けているので、馬小屋まで丸見えなのだ。


「ミナトおるか?」

「ここにおるぞ。一人で銭湯に行きやがってくそが」


 俺がサキさんに不満を言うと、サキさんは馬小屋の方に手招きして俺を呼ぶので仕方なく行ってやった。


「付けておけ。わしも昔は使っとった」

「なんだこれ? 腹巻きか?」

「腹は冷やさん方がええからの」


 サキさんはそれ以上言わずに白髪天狗とハヤウマテイオウの面倒を見ている。

 折角なので貰った腹巻きを付けてみると、腹の辺りが心許ないと思っていたネグリジェでも冷える感じがしなくなった。

 腹巻きはステテコ姿のおっさんが付けているイメージしかなかったが、これは手放せなくなりそうだ。


「いい感じだ。ありがとうサキさん。一人で銭湯に行ったことは許してやる」






 飯の支度が終わる頃にはエミリアも指定席に座っている。サキさんも馬の世話を終えて戻ってきたので、俺とティナとユナの三人は調理場から夕食を運んだ。


 今日の夕食はトンカツみたいな感じだった。大きなカツにキャベツっぽい野菜の千切りと、昆布っぽい吸い物、そして米が並んでいる。俺が混ぜたソースは別の小皿だ。


「妙に甘めのソースだと思ったら、トンカツの肉に味が付いているのか」

「これ豚肉じゃないんですよ。臭味を消すのに苦労してました」


 ただ揚げるにしては下処理に手間取っているように見えたが、臭味が原因だったのか。


「何はともあれ米が食えるのは良い。よう作ったものだ」

「ティナさん、どうしていつも最初から切れているんでしょうか?」


 最初から切れているトンカツにフォークを刺して、エミリアが不思議そうな顔をする。


「言われてみればそうね。ナイフを使う習慣がないせいかしら?」


 俺も詳しく知らんな。元の世界なら簡単に調べられそうだが。何はともあれ久しぶりの日本らしい食事には満足できた。



「ミナトもユナもサキさんも、何か食べたいものがあったら言って欲しいわね。毎日献立を考えるのは作るよりも苦労するのよ」

「お任せコースで良いんだが、そういうものなのか?」

「わしには酒の摘まみを適当に作ってくれえ。干し肉ばかりで飽きた」


 ユナのお茶を飲みながら、俺たちは食いたい物を出し合って、明日は鍋にすることに決めた。とりあえず鍋っぽい物なら何でも良いという感じだ。


「明日は鍋に合いそうな酒でも見つけて来るかの」

「鍋と言うのがどんな料理か楽しみです」






「エミリアに聞きたいのだが、おじ様はこの家にどんな風呂を作ろうとしていたのか聞いてないか?」


 俺はそろそろ帰ろうとするエミリアに尋ねてみた。


「聞いてはないですが、適当にバスタブを置くだけだったんじゃないでしょうか?」

「湯はどうやって沸かすんだよ?」

「調理場の窯で沸かすのではないかと……立派な窯が二つもありますし」

「うーん……」


 それでは今日俺が浸かった大たらい風呂と一緒じゃないか。エミリアの話では、銭湯だと裏に大きな風呂窯があって、それが男女の浴槽に繋がっているらしい。



 エミリアが帰ったあと、俺は次なる目標を全員に告げた。


「できれば早いうちに風呂を作りたいと思う。問題はどうやって湯を沸かすかだ」

「わしは家に風呂場ができても銭湯に通いたい。むしろ男湯に住みたいと思うとる」


 一瞬顔を引きつらせたユナが明らかに引いているのが見えた。


「サキさんは毎日銭湯に通ってもらって構わないが、女の子チームとしては一人で入りたい日もあるので、やはり風呂は何とかしたい」

「私も家に欲しいです。銭湯だと周りから浮いてしまうというか……」

「わしらの知識でミナトが思うておるような風呂が作れるのか?」

「そこだよなあ……」



 流石に調理場の窯で湯を沸かして浴槽に足して行く方法では湯が足りないだろう。上手く魔法を駆使したいところなので、それを踏まえて話を続けている。


「私の家は蛇口からお湯が出てくるお風呂だったので、ちょっと思いつきませんね」

「わしの家は田舎ゆえバランス釜であったが構造までは知らん」

「俺が住んでた市営住宅は直接湯が出てきたな」

「私のアパートは追い炊き専用だったわ。一度壊れたときにネットで調べたけど、簡単な仕組みまでしか知らないわね」


 ティナは繊維質の紙に簡単な断面図を書いてみせた。絵に描いた風呂窯はガス式だったが、そこを魔法の火に差し替えてやれば行けるかもしれない。

 問題は風呂釜本体から水が漏れないような溶接技術がこの世界にあるかどうかだ。


「台所の瞬間湯沸かし器みたいなやつは無理かの?」

「なんだそりゃ?」

「あー。アレね……」


 俺とユナは知らなかったが、ティナとサキさんの話をまとめると、火をかけたパイプに水道水を通してお湯に変化させるものらしい。普段見えないところに設置されているだけで、俺の家の湯も大体同じような物で沸かしていたようだ。

 ユナの家は電気で沸かしているようなので、俺たちでは仕組みがわからなかった。


「直接湯が出てくれたら浴槽は排水口だけで良くなるな。その方向で考えよう」


 今日はもう良いアイデアが出そうにないので、続きは明日考えることにした。


 俺たちがいつもの洗濯と夜の支度を済ませて部屋に戻る頃、ちょうど部屋に入った辺りでテストしていた弱い光の駒から明かりが消えた。

 やはり突然消えるのはちょっと問題があるな。時間的には六時間くらいだろうか?


 解放の駒の持続時間は、強で三時間、弱で六時間といった感じだ。覚えておこう。






 翌朝、目が覚めるといつものようにユナと俺だけがベッドにいる状態だった。


 ……朝から腹痛いわ。俺がベッドの横で腹をさすっていると、ユナも起きてきた。


「おはようございます。どうしたんですか?」

「腹が痛くて目が覚めた。だめだな。うまく言えんが痛みが重い」

「んー、良くなさそうですね。立てますか?」

「我慢できんほどじゃないな。これで馬に乗れと言われたら泣くかも知れんが」


 俺とユナは洗い場で歯磨きをして朝の支度を整えた。ユナは調理場に行ってしまったが、俺は調子が悪いのでトイレで唸っている。



「大丈夫なの?」

「何とか我慢できるが、これいつまで続くんだ? 一日じゃ終わらんのか?」

「何日か続くわね」

「まじかあ……」


 俺は調理場のティナに寄り掛かって、がっくりと肩を落とした。後々冒険に支障をきたさないように、全員分のスケジュール管理もきちんとする必要がありそうだ。


「もう朝ご飯できるから広間に行ってていいわよ」

「そうする……」


 広間に行くとエミリアとサキさんが当たり前のような顔でテーブルに着いている。この二人はティナを手伝う気なんてないのだろうな。

 腹が痛くてイライラしている俺はカチンときてしまった。



 今日の朝食はホットケーキ……に挑戦したらしいものだった。


「うまく膨らまなかったわ……」


 しんなりした感じなので、別のお菓子みたいだ。バターとカラメルシロップを少しひいて食ってみたが、これはこれで悪くはない。


「わしもたまに作って食うてたが、やはり専用の粉が必要か?」

「何があれば完成するんですか? また私が見つけてきます」

「この世界に重曹なんてあるのかしら?」

「……知らない素材ですね。すぐに帰って調べてみます」


 エミリアはオリジナルのホットケーキの説明を聞くと、どうしても食べてみたいと言ってすぐに魔術学院に帰ってしまった。相変わらず食い意地の張った女だ。


「重曹ってどうやって作るんだ?」

「成分までは知らないわ。次は生地を寝かせて別のケーキにしましょう」

「エミリアさんは成分不明の素材をどうやって調べるつもりなんでしょうか?」

「奴は食い物に目が眩んだんだ。言わないでやって欲しい」



 今日は朝から四人分のパジャマを洗った。今洗っておけば夜には乾くはずだ。今日は珍しく俺とユナとサキさんの三人で洗っている。

 ティナは俺から解放の駒と氷の精霊石を受け取って、なにやら調理場で作業中だ。氷は料理で使いそうだから、これからは調理場に常備させておくべきだな。






 俺たちは二階の女子部屋に集まって、昨日の続きをしていた。瞬間湯沸かし器っぽい物が作れないか知恵を絞るためだ。


「まず基本設計としては、本体の上に置いた水の精霊石から水を落下させて、下に置いた火の精霊石から炎で温めるという方法でいいな」

「火を使うから本体は金属製が良かろう」

「そうだな。魔法の火だから恐らく空気も換気もいらん。密閉しても大丈夫だろう」


 絵はティナとサキさんが書いている。サキさんの方はあまりやる気がないのか、何処かで見たような男キャラを描き始めているが、絵がやたらと上手かった。


「サキさん絵が上手ですね」

「まあの」

「水を通すパイプは熱の回りが良い銅製だろうか?」

「そうね。本物も銅っぽい色だったわ」


 絵にしながら一つずつ問題点を潰して行くと、なんだか行けそうな気はしてくる。


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