第344話「公都の夜」
ユナが魔法のランタンで、狭い部屋を照らしていると、ティナも部屋に戻ってきた。
残るはサキさん一人だが、陽が落ちる頃には戻れと言ったのに、やはり聞かん坊か。
時間のことなんか忘れて、大好きな銭湯を満喫しているのだろうな。
仕方のないやつだ。
「サキさんを待つ間に、今日の成果を報告しておこう……」
「そうですね。まず街の東側ですけど、西側と大差なかったですよ。あと、小さな魔道具屋さんを見つけましたが、全体的に高かったですね」
ユナの方は、特にこれといった発見はなかったようだ。
「そういえば、魔道具屋の在庫を確認する予定もあったな。レスターの訪問で予定が吹き飛んで以来、すっかり後回しになっていたが……」
「買い取った魔道具を鑑定する日数まで考えると、ちょうどいい頃合いかもしれないわね」
「じゃあ、明日にでも行きませんか?」
夏場に俺たちが買った魔道具といえば、長期在庫品のような物ばかりだったからな。
今なら新しく棚に並んだ直後の魔道具が手に入るかもしれないぞ。
「俺の方は、街を南下して橋の所まで行ってきた」
俺は、冬場でもバハール地方の草原地帯を抜ける事は可能だと、ティナとユナに伝えた。
「現地人のガイドですか……確かにそれなら、敵性部族に襲われる危険が減るかもしれませんね」
「………………」
「ティナさん、どうしたんですか?」
「もしかしたら、簡単にダレンシア王国まで行く方法があるかも知れないわよ」
「空でも飛んでいくのかな?」
ティナが何かを閃いたようだ。
魔法を使う方法では、俺やユナの手には負えない。ここはティナに任せておこう。
サキさんが宿の部屋に戻ってきたのは、すっかり夜になってからの事だ。
「男風呂は盛況での。ついつい話が盛り上がってしもうたわい」
「とにかく家に帰ろう。今頃エミリアが不貞腐れているかも知れん」
「鍵を返すついでに、外に出て空を見上げるがよい。月が出ておる」
「お前は一体何を言ってるんだ?」
「夜空の月ですか?」
「うむ」
「……?」
サキさんが馬鹿なことを言い出すから、一体どうしたものかと思っていると、ユナの方も様子がおかしくなった。
「ミナトさん、気付いてなかったんですか? オルステインの夜空には、一度も月が出ていなかったじゃないですか」
「そうだっけ? そもそも、夜はあんまり外に出んからなあ……」
俺はティナの方を見るが、ティナも首を横に振った。
「少々形の悪い三日月だがの」
そう言ってサキさんが部屋の外に出ると、ユナもそれに続いた。
よほど月に興味があるのか、ユナとサキさんは、先に宿を出て行ってしまった。
「忘れ物はないわね?」
「大丈夫なはず。俺たちも宿を出よう」
あとに残された俺とティナは、部屋の鍵を宿の主人に返してから、冒険者の宿を出る。
流石にこの時間になると、宿の酒場は人で溢れていた。
冒険者の宿にしては、冒険者らしい顔ぶれの少なさに違和感を覚えるが、今はそんなことを追及しても仕方がないだろう。
何はともあれ、俺とティナも宿を出て、その夜空を見上げてみた──。




