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第33話「男には関係ない」

 翌朝目を覚ますと、俺の隣には寝息を立てるユナしかいなかった。俺はユナを起こさないようにしてベッドから出ると、広間への階段を下りていた。

 やっぱり股に違和感があるし、なんだか気持ちが悪いので先にトイレへ向かった。


「………………」


 パンツを下した俺は気持ち悪さの原因を確認して、そのままパンツを引き上げると死にそうな足取りで調理場の方へヨロヨロと歩いた。


「ティナぁ……ティナぁ……」

「ああ……大丈夫よ」


 俺は朝食の準備をしているティナに抱き付いて泣いた。



「怖かったのね。ちゃんと教えてあげれば良かったわね」

「くそう……青い水じゃなかった……」

「あれはテレビのCMよ」

「もうやだ怖い……ついてきて……」


 俺がティナに慰められていると、ユナが起きてきた。


「あれミナトさんどうしたんですか?」

「今日はちょっと無理そうだから、ごはん代わりに見ててくれる?」

「あー……わかりました」


 ユナが先にトイレを済ませたあと、俺はティナに連れられてトイレを済ませた。


「怖かったら目を閉じててもいいわよ」

「うん……」



 俺は新しいのを股に挟まれて、ティナと一緒に自分の部屋に戻ってきた。

 色々説明されていると、だんだん気分も持ち直してくる。元々流されやすいタイプの俺は、そういうものだと言われたら仕方なくでも納得してしまうのだ。


「一応朝食持ってきましたけど、食べられそうですか?」

「ありがとう。たぶん大丈夫だから、下の方お願いね」


 今日の朝食は、バターロールに炒めた千切りのキャベツっぽい野菜とソーセージを挟んで手製のトマトソースをかけたホットドッグと、みじん切りのジャガイモで揚げたハッシュドポテトにユナのハーブティーが付いていた。


 今は赤い色を見たくなかったが食ってみると美味かった。王都のトマトは味が濃くて酸味が殆どないらしい。


 だいぶショックから立ち直っていた俺は、ティナと一緒に自分の部屋で食べた。これが宿の酷い朝食だったら絶対に食えていなかったと思う。






 俺がティナのブラウスの袖を掴んだまま俯いていると、ユナも部屋に戻ってきた。


「エミリアさんも帰って、サキさんも部屋に籠ったので、洗い物を済ませてきました」

「ごめんなさいね」

「いいんです。それよりもミナトさんは?」

「そんなに酷くないし大丈夫かも……」

「それなら安心しました」


 ユナはテーブルに置いてある食器を片付けに行くと、またすぐに戻ってきた。

 その頃になると俺もようやく落ち着きを取り戻し、隣にいるティナは布の切れ端と裁縫箱を広げて股に挟むやつを作り始めていた。


「表面はガーゼにしてるんですね。裏は羊皮紙ですか? いいですねこれ……」

「暇を見ていくつか作っていたんだけど、三人いると五十枚でも不安になるわね」

「私も手伝いますね。流石にこれはサキさんには頼めませんよね」



 この世界の常識ではどうなっているのかわからないが、うちの方針では可能な限り使い捨てにするっぽいので、これだと量産が大変だろう。

 初めて雑貨屋で日用品を用意してもらったとき、俺とティナの分だけやたら布の切れ端のようなものが入っていたことを思い出して、今更ながらにその謎が解けた。


「うーん、こっちの世界の人はこんなに手の込んだことはしないと思うけど、元の世界の便利な物を知ってると、耐えられない一線はありますよね」


 良くわからんが、俺も元の世界では青い水だと思っていたので、今日は耐えられない一線を軽く超えました。






 ティナとユナが股に挟むやつを作り続けていると、初めてサキさんが俺たちの部屋を訪ねてきた。


「結局浴衣になってしもうた」

「それでも十分凄い」

「本当に作るなんて凄いわね」

「手縫いですよね? 凄いですよ」


 サキさんは普段から黒髪をポニーテールにしているので、それっぽい雰囲気はある。


 いくら衣装が作れると言っても、手縫いで着物は大変だったらしく、結局浴衣として完成させたようだった。

 それでも凄いと思うが、もう少し良い反物が手に入ったらまた挑戦すると言っている。


 今回は無難に無地の紺色で仕上げてきたようだ。ラインの入った明るい色の角帯は本来大綬だいじゅだった物を適当に繋げて作ったらしい。


「白髪天狗に乗ってひと暴れしてくるか」

「袴がないとセクシーな脚が丸見えになるぞ」

「ではやめておくか」


 袴が無いのは残念だ。将軍様が跨っているような立派な白馬がいるのに勿体ない。


 俺たちに見せびらかして満足したのか、サキさんは家の前で剣の素振りを始めた。しかし浴衣で両刃の西洋剣は似合わないな。

 片刃の剣を見つけたら買ってあげたいところだ。






「晩ご飯の支度をしてくるわ」

「私も行きます」


 まだ日は高いと思うのだが、ティナとユナは夕食の支度をしに階段を下りると広間の方で作業を始めたようだ。エミリアが買ってきた食材の確認もするのだろう。

 俺は特にやることもないので、家の前で解放の駒のテストをすることにした。


 今わかっているのは光だけだ。俺は二種類の駒にそれぞれ光の精霊石を載せて、持続時間のテストを始める。この二つは離れた場所に放置しておこう。


 とりあえず闇の精霊石を使ってみると、光とは正反対に周りが暗闇に包まれた。

 弱い方はスモークガラスのような遮光だが、強い方は殆ど何も見えない暗闇になる。試しに太陽の方を見ると、日食めがねのような感じになるのがわかった。


 これはこれで使い道がありそうだ。



 水の精霊石を駒に載せると、精霊石から水がわき出した。強だと出てくる勢いが変わるみたいだ。水道の蛇口と同じイメージだろう。

 風の場合は精霊石から出てくる風の風量が変わる。扇風機の弱と強みたいな感じだ。


 火の精霊石だと普通に炎が立つ。弱で焚き木くらいだと感じた。強の方だとかがり火くらいの火力はあるのだろうか?

 ガスコンロのような炎ではないが、煙も臭いもしないので不思議な炎だ。

 強弱の二段階では細かい調整ができないので、これは使うのが難しいだろう。精霊石を取り外すときも、駒の方を持って精霊石を振るい落とさないと火傷しそうで危ない。



 氷の精霊石は、精霊石から冷気が出てくるようだ。氷がモリモリ出てくるのを期待していたのだが、そういうわけではないらしい。

 冷気の温度が変わるようで、強弱の二つを使えば冷蔵庫と冷凍庫が作れるかもしれない。持続時間が気になるところだ。


 個人的に一番想像できなかった土の精霊石は、精霊石から乾いた砂が出てきたので笑ってしまった。これは水の精霊石の土バージョンだな。全く使い道が思い付かない。


 魔法の方でも効果が不明だった生命力と精神力の精霊石を駒に乗せると、この二つはやっぱり良くわからなかった。

 精神力の精霊石だと気分が落ち着くような感じもしたが、プラシーボかもしれない。



 一通りテストしてみて感じたが、もしいかずちの精霊石を作れたら電気が使えるようになるのだろうか?

 雷の精霊力を封じ込めるのは無理だったので想像の域を出ないのだが。


 どの精霊石を使っても純粋に解放することしかできないようだ。偽りの指輪のように細かい表現をイメージして使うこともできない。

 火以外は誰が使っても安全だと思うので、積極的に活用して行きたいな。



 俺はまだ明るい光を放っている二つの精霊石を、二階の廊下の手摺りに置いた。持続時間のテストは必要なので、光が消えるまで放置しておく予定だ。

 二階の廊下と階段部分は、一階の広間からロフト上になった構造なので、ここに強い明かりを置けば広間全体を照らすことができるようだ。






 俺が解放の駒をテストし終わった頃、いつの間にか夕食の下ごしらえまで終えたティナとユナが調理場から出て来る。


「ミナトは銭湯に行けそう?」


 すっかり忘れていたが、ティナに聞かれて思い出した俺はトイレで確認してきた。


「なんかまだグジグジしてるから無理みたい」

「じゃあお湯を沸かさないとだめね……ユナはサキさんと銭湯に行ってくる?」

「みんな行かないようなら、私も今日はいいです」


 なんてやさしい奴らだ……。

 ちなみにサキさんは男には関係ないと言って銭湯に出掛けた。ブレない男だが腹立つ。



 俺たち三人は、調理場の窯に使っていない鍋をいくつか置いて湯を沸かしている。

 テスト中の解放の駒は良くわかる場所に移動させていたのだが、湯を沸かしている途中で突然強い光が消えてしまった。

 強い方の駒だと持続時間は三時間程度のようだ。


 精霊石の容量では仕方ないと思うが、微妙な時間だな。いきなり消えるようだし。


 その後も俺たちは湯を沸かし続けて、いつも洗濯で使っている大きなたらいに湯を張ると、今日は三人で体を拭いて済ませる。


「もう少しお湯を足すから、少し狭いけどたらいに入っちゃいなさい」


 ティナは裸のまま調理場の鍋を持ってきて、たらいに湯をつぎ足しながら言った。


「たらいが汚れそうだが」

「気にしないで」


 二人が洗い場を後にしたので、俺は一人でたらいに浸かっていた。熱い湯で温まっていると結構気持ちが良い。

 そうか……銭湯に行きづらい日のために、早めに風呂が欲しいな。

 たらいの湯を沸かすのに時間が掛かったせいで、木窓から見える空はもう暗い。






 俺が洗い場から出ると、調理場は夕飯の匂いが立ち込めていた。ティナはユナに料理を教えながら作っているようだ。

 そういえば、俺は一度も手伝ったことがないな。このまま立ち去るのもサキさんみたいで悪いし、飯も三人で作った方が良いのだろうか?


「何か手伝おうか?」

「野菜は切れる?」

「コンビニのおにぎりを開けるのが精一杯だ」

「ミナトさん、この鍋をかき混ぜてくれませんか?」


 ユナがフォローしてくれたようだが、自分で言ってて情けなかった。

 何もできない俺は、小さい鍋に入ったソースっぽい液体を焦がさないように混ぜ続けるという羞恥プレイに甘んじている。


 キャベツらしい野菜を丁寧に千切りにするユナや、肉を叩いたり調味料に漬けたりしているティナを見ると、わけもわからずソースをかき混ぜている俺は仲間外れにされているようで悲しくなってきた。


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