第338話「夢現(ゆめうつつ)」
──結局、あれから雪も止まないまま、気が付けば夕方になっていた。
今日はエミリアも一日中ここに居座り続けていたが、サキさんと二人で散々酒を飲んだ挙句、夕食だけはしっかり三人前を平らげて帰った。
正直な感想として、ニートよりも酷い状態だと思う。
ちなみに、ユナとサキさんは今日も早めに風呂を終わらせているので、俺は今夜もティナと二人きりで湯舟に浸かっている……。
「…………」
いつもの光景だが、俺の隣では、ティナが自分の胸をマッサージしているところだ。
嘘か真か、女性たちの間で伝わる豊胸マッサージらしい。
わきの下あたりを刺激すると、胸が大きくなるらしいのだが……。
俺が見た感じでは、この数カ月間、ティナの胸に大きな変化は訪れていない。
「別に、小さいままでもいいと思うんだが──」
「そういう訳には行かないわ」
胸の大きさを気にしているのだと思った俺は、ティナにフォローを入れたつもりだったが、それはあっさり否定されてしまう。
「このまま胸が小さいままだと、将来困ったことになるわ……」
「いや、小さいのが好きな人もいるし……」
「そういう、ろくでもない話じゃなくて、この世界には、粉ミルクなんてないのよ?」
「………………」
胸イコール大きさの好みだけで考えていた俺は、すっかり本来の機能を忘れていた。
将来子供が生まれたときに、おっぱいが出なかったら、かなり困る。
この世界ではどうなっているのか知らんが、どうしても乳が出ないときは、出る人から貰う以外に方法がないかもしれない……。
確か、生まれてすぐの子供に、牛の乳を与えるのはダメだと聞いた覚えもあるぞ。
「困るな。誰かに貰うにしても、毎回探して歩き回るのは大変だ」
「こんな離れで生活していると、町のコミュニティには入れないと思うから、これは死活問題よ。代用品があるかも含めて、早めに対策を考えておかないと……」
俺も少し心配になってきたので、改めて自分の胸を確認した。
俺の胸は──、これだけ大きければ、何も心配ないと思う。
それどころか、まだ成長していたりする。
以前はぴったりだったブラが、最近はカップを押し上げてしまい、谷間の部分が少し浮いてきたからだ。
下着の中ではブラジャーが一番高いくせに、サイズが合わなくなったら即終了とか、本当に金が掛かって仕方ない。
『…………』
「ねえ、ミナト……」
「うん?」
「ちょっと、吸ってみてくれない?」
いきなり何を言い出したのかと思っていると、ティナは俺の後ろ首に両腕を回して、そのまま自分の胸まで引き寄せた。
俺は戸惑いつつも、自然とティナの背中に腕を回してしまう……。
「……吸うって、どうやって?」
「赤ちゃんが吸うみたいによ。揉んでもダメみたいだから、吸ってみて欲しいの」
なんだその、押してもダメなら引いてみる理論は。
「わぶ!」
問答無用で頭を押さえられた俺は、この場の空気に流されるがまま、ティナのおっぱいを咥えてしまった──。
「…………」
唇の先で咥えた乳首は、特に何の味もせず、熱くてふにゃりとした、不思議な感触がする。
いや、そんな感想よりも、俺は何とも言えない気まずさというか、気恥ずかしさで頭の中が真っ白になった。
「そんなのじゃ意味がないわ。かぷってして。ほら、ちゃんと吸ってちょうだい」
「ふぁあぃ……」
だんだん目の前がクラクラして、体の力も抜けてきた俺は、ティナの言う通りに、かぷっと吸い付いてみた。
『………………』
俺もティナも終始無言のまま、風呂場の中では、俺がティナのおっぱいを吸う小さな音だけが、静かに響いている……。
ちゅぅちゅぅと、ティナのおっぱいを吸い続ける俺の頭を、ティナはずっと撫でてくれていた。
それが堪らなく嬉しくて、いつしか俺は、聖母の胸に抱かれているような安らぎに包まれたまま、深い眠りに落ちてしまっ──。
目が覚めると、朝だった。
昨晩は何だかよくわからないうちに、寝てしまったような気がする。
ティナと一緒に風呂に入っていたところまでは覚えているが、その後が良くわからない。
でも、ちゃんと着替えているし、寝ボケながらも、何とか上手くやったのだろう。
「…………」
「あ、おはようございます」
「うん。おはよう、ユナ」
俺がベッドに座り込んでいると、横で寝ていたユナも目を覚ましたので、俺たちは朝の支度を済ませてから、日課の洗濯も終わらせた。
一階の広間には、今朝もいつの間にか現れていたエミリアがいる。
今日はボディ・コンシャスとかいう衝撃的なドレス姿ではなく、濃い紫色のローブ姿だった。
やはり、あの衝撃的な出で立ちで人前に出るのはマズいと、ようやく本人も自覚してくれたのだと思う。
素直にそう思いたい……。
何より、エミリアと言えば魔術師のローブ姿なので、見ているこっちも安心できる。
この数日間は、歩くロースハムみたいなビジュアルに、突っ込みを入れたい気分を押し殺すので精一杯だったからな。
「そういえば、オルトーの町の少し手前に、破棄された古い町があるらしいな」
「はい。今では使われていない、古い街道にありました。質のいい粘土が取れる場所で、焼き物の町として賑わっていたそうです」
エミリアは光の魔法を使って、広間の壁に貼り付けてある地図の中へ、光の印を付ける。
「賑わっていたのに破棄したのか? まさか、魔物に滅ぼされたとか……」
「いいえ。もう百年は前の話ですけど、その辺り一面、街道もろとも、一夜にして地中深くに沈んだんです」
「……怖いな」
液状化現象とか、地盤沈下とか、そういう類の自然災害だろうか?
「今では底なし沼の上に、草木が生い茂る危険地帯として、立ち入り禁止の柵が張られています」
「オルトーの町と新しい街道が、南方向へUの字を描いているのはそのためか……」
破棄された古い町から、森の中を北に進めば、リリエッタの故郷であるロソン村がある。
パーティーから離脱して、里に帰るリリエッタを説得するため、ヨシアキたちはその後を追ったが、あれから無事に合流できただろうか?
連絡の取りようがないので、全く状況がわからんな。
電話も電子メールもない世界では、こういう時に不便をする。
無事に和解した後は、リリエッタの里帰りも兼ねて、新たな冒険でも始めているだろうか?
「うちの地図には載ってないようだけど、ロソン村ってどの辺りになるんだ? 破棄された町から北の方角らしいが、道っぽい線の先が描かれてないんだよな」
「ロソン村は……確かこの辺りですよ。小さな村でしたが、四年ほど前に壊滅したんです」
「え? もう無いってこと?」
俺とエミリアが話していると、ティナが朝食を運んできた。