第337話「オルステイン王国の冬」
ようやく地上に戻った俺たちは、古代遺跡の罠を解除したことや、そこへ至るまでの通路も全て塞いだことを、家の中で待つガウロンに報告した。
「いやあ、今回は助かりましたよ。まさか、こんな大事になるとは思ってもみませんでした。少ないとは思いますが、報酬の上乗せをさせて頂きます」
憂鬱になる心配事が解決したガウロンは、すっかり憑き物が落ちたような、安堵の表情を浮かべている。
家の地下室と古代遺跡が繋がっていたら、調査名目で家ごと差し押さえられてもおかしくない案件だったので、ようやく一安心といったところだろうか。
オルステイン王国で発見される古代遺跡の殆どは、歴史的価値のある文化財というよりは、機雷や地雷、もしくは不発弾に近い感情を持たれることが多い。
警備用の魔法生物が襲い掛かってきたり、侵入者の命を奪うかもしれない罠が今でも機能している事実を考えれば、お宝目当ての冒険者か、研究目的の魔術師くらいしか喜ばない存在なのだろう。
今回の依頼で提示された報酬は銀貨1200枚だが、ガウロンから色付きで金貨36枚を貰ったので、最終的な報酬は銀貨1800枚になった。
「私はここで失礼させていただきます。大魔導のローブだと目立ちますので……」
ガウロンの家を出てすぐに、エミリアはテレポートの魔法で帰宅した。
「私たちもテレポートで帰るわよ」
「うん。今日も冷えると思ったら、また雪が降ってきた。早いとこ帰ろう」
ティナのテレポートで家の中に戻った俺たちは、着替えを済ませてから、軽く装備品を点検して、夕食ができるまでの短い時間を、各自思い思いに過ごした。
夕食の席では、遺跡で回収した遺骨をどうするのかが、話題の焦点となる──。
「事情を話して、神殿で供養して貰うのが一番じゃないですか?」
ユナが手堅い提案を出した。
「そうなんだけど、拾い集めているとき、頭蓋骨が一つも無かったんだよな。そこがどうにも引っ掛かる」
「うむ……」
「ふぉれららブォフッ!」
相変わらずハムスターみたいな食べ方をしているエミリアが、何かを喋ろうとして喉を詰まらせた。
「……それなら学院の方で、何の骨なのかを調べておきましょう」
「じゃあ頼む」
王国の知識が全て集まる魔術学院なら、骨の鑑定くらい朝飯前だろう。
その後、今回の依頼ですっかり気疲れしてしまった俺たちは、夜更かしをすることもなく寝床に就いた。
今回はサキさんも相当堪えたのか、食後の酒も控え気味で、さっさと寝たようだ。
翌朝、トイレのついでに雪の積もり具合を確認すると、外は見事に吹雪いていた。
せっかくきれいに除雪していた所も、一晩で20センチ以上積もっている。
まだ12月も半ばを過ぎた辺り、これから先が思いやられるな……。
朝の洗濯を終えて、俺が広間に戻ると、いつものようにエミリアがいた。
「………………」
今日は珍しく話題が無い。
ティナが朝食を運んで来るまで、無言の状態が続く。
「今日は何をするかな……」
固く閉ざした木窓を見ながら、俺はゲンナリとした口調で呟いた。
「そういえばエミリアさんは、どうしてそんな酷……薄着で平気なんですか?」
ユナが素朴な疑問を投げかけた。
ペペルモンド家に嫁いだエミリアは、いつもパツンパツンのドレス──こういうの、何て言うんだったかな……ああ、ボディ・コンプレックスだ。
「それを言うならボディ・コンシャスですよ。コンプレックスじゃないです」
「略してボディコンである。懐かしいの」
そうか。
まあ、そんな感じで、こっちは寒さのあまり、家の中でも厚着を重ねて、毎日オシャレどころの騒ぎじゃないのに、エミリア一人だけが、いつもペラペラ生地のドレス一枚で平気な顔をしている。
──そのせいで、昨日はガウロンにドン引きされていたしな。
俺も気になっていたので、是非そのカラクリを知りたいと思った。
「特に秘密はありません。この魔道具のおかげなんです」
エミリアは、自分の左手に通してある腕輪を指差した。
この腕輪を身に付けていると、どんなに厳しい寒さや暑さからも、魔法の力で所有者の身を守ってくれるそうだ。
つまり、素っ裸で真冬の寒空に出ても平気なうえ、灼熱の太陽に照らされても、暑さを感じないらしい。
何とも羨ましい魔道具だが、水中や炎の中では効果が無いとのこと。
無敵というわけでもないようだな。
ちなみにこの腕輪は、結婚のお祝いに、カルカスのおっさんがくれたものらしい。
この辺りから、うにゃうにゃと言葉を濁すエミリアの発言を整理すると、要するに、薄着姿で旦那のクレイルを誘惑し、早いところ孫の顔が見たいという話のようだ。
スケベ親父のカルカスが考えそうな作戦だが、薄着のボディ・コンシャス以前に、ロースハムのようなビジュアルでも効果があるのか心配になる……。
「これと同じ魔道具って、手に入らないものでしょうか?」
「この魔道具自体は、それほど特別ではありませんよ。エスタモル時代には相当流行った魔道具らしくて、指輪やネックレスなど、様々な形状で出土します。ただ、需要の高さゆえに高額で取り引きされていますから、手軽に買える値段ではないと思います」
エミリアの説明を聞いていたユナは、ガッカリとした様子で頷いた。
「やっぱり、防具と防寒具の重ね着は現実的じゃないと思いましたから、こういう魔道具は欲しいですね。今はまだいいですけど、これ以上寒くなったら、金属製の防具を使うのが難しくなってきますし……」
「そうなのか?」
「鉄兜に顔が張り付いたりするそうですよ。脱着のさいに素手で触るのも危険です。なので、金属の部分を革で覆ってしまう冒険者も多いみたいですね」
王都で見かける冒険者の多くは、金属鎧を身に着けていない。
サキさんもそうだが、王都でガチガチのフルプレートを着込んで歩くと、兵隊のコスプレでもしているかのような、何とも言えない気恥ずかしさを感じるくらい、浮いた存在に映ってしまう。
でもこの認識は間違いで、一見ハードレザーに見える鎧の何割かは、実際には金属鎧なのかもしれないな。
「情報不足だったわね。木窓しかない理由が、冬の温度差でガラスが割れるからだと聞いたときに、気付くべきだったわ」
「ああ、俺も。ガラスの質が悪すぎて割れるんだと、勝手に解釈してた」
オルステイン王国の冬は、今まさに始まったばかり。
何だか嫌な予感がするな。