第335話「フロア・イミテーター①」
「下りてみるかの? なんぞあれば、テレポートで呼び戻してくれい」
「待て待て。この部屋の広さなら、家に置いてきた武器を呼び出そう。ついでにグレンも呼んでやるか。どうせ暖炉の中で寝てるだけだろうし……」
俺はサキさんが魔法の障壁から飛び降りるのを制止して、ティナに魔法を頼んだ。
召喚の魔法で家から呼び出したのは、ミスリル銀製の大剣と、コンパウンドボウの二つ。
サキさんがミスリル銀製の大剣に持ち替えたので、俺のサーベルは返して貰う。
コンパウンドボウを扱うのはもちろんユナだが、そこまで広くない部屋で魔法の矢を使うのはちょっと怖い。
なので、今回は魔法の矢を使わないことにした。
「ナンダ、ココハ?」
この場に居るのは俺たちだけなので、物のついでとばかりに呼び出したレッサーデーモンのグレンだが、この状況を知った途端、謎のやる気を見せてきた。
「オレハ、ヤクニタツゾ!」
持ち前の羽で宙に浮いているグレンは、床に散らばっている骨を拾ってみたり、部屋の四隅を低空飛行で旋回してみるが、特におかしな点は見当たらない。
──本当に大丈夫なのか?
この部屋が何の目的で作られたのか、手掛かりすらないので、見当も付かない。
わからないものに対しては、どうしても慎重になってしまう。
「冒険には、時に大胆さも必要だわい!」
部屋の中を飛び回るグレンを見たサキさんは、宙に浮かぶ魔法の障壁から飛び降りると、部屋の床に着地を決めた。
それにしても、普段から大胆さだけの男が言うと、全く説得力がない。
「まだ骨の正体がわからん。突然寄り集まって、動き出すかもしれんぞ? 古代遺跡の常連だ、油断するなよ」
「大丈夫だわい!」
部屋の中に降り立ったサキさんは、そこら中に散らばっている骨を調べたり、その辺に落ちている剣や盾を手に取ったりしていたが、何かに驚いたように飛び退くと、ミスリル銀製の大剣を構えた。
「何かあった?」
「……いや、気のせいだわぃっ!?」
サキさんがこちらに振り向いた瞬間、何かがサキさんの足を引っ張った。
「おっ!? おおおおっ!!」
ズザザザザーーっと、物凄い勢いで、サキさんの体が床の上を引きずられていく。
サキさんの足首に、何かが絡んでいるのが見える──。
「まずい! ティナっ!!」
「だめ……テレポートできない……」
青ざめた顔のティナは、何度も古代竜の角の杖を振るうが、テレポートの魔法でサキさんを救出することはできなかった。
テレポートさせる対象は、何者かに捕まっている状態だとテレポートできない……。
詳しい原理は不明だが、これは水の中に浸かっている場合も同様だ。
サキさんの足首を掴んでいる、正体不明の「何か」を切り離さない限り、サキさんをテレポートで救出することはできないだろう──。
「サキさんっ! 足に絡まってるのを何とかしろ!!」
俺が叫ぶと、床の上を引きずり回されているサキさんは、体を屈めて大剣を振り下ろす。
が、ありえない力で引っ張られる勢いに負けて、大剣は何もない床を空しく叩いた。
「どいてください! 私が狙ってみます」
オロオロしている俺の後ろ襟を、後ろにいるユナが引っ張った。
「動きが速いぞ。大丈夫?」
「わかりませんけど、やってみますよ」
俺やティナの魔法だと、いくら威力があろうとも、サキさんまで巻き込んでしまう。
こういう場面では、ユナの弓が頼りになる。
ユナは矢継ぎ早に矢を放ったものの、そのどれもが、サキさんの位置から少し横にズレた場所に飛んだ。
「さん、にー、いち……」
弓で狙うには条件が厳しいと思われたが、謎のカウントダウンで放たれた矢は、サキさんの足に絡んだ「何か」に突き刺さる。
さすがはユナ、偏差射撃のタイミングを計ってから、本撃ちを決めたらしい。
矢を受けた「何か」は、サキさんの足を離すと、にゅるっと床の中に引っ込んだ。
「良くやった! ティナ、今のうちに!」
「まかせて」
先ほどユナに引っ張られて、後ろへ倒れていた俺の上に、テレポートで引き揚げたサキさんが覆いかぶさってきた。
「やれやれ、死ぬかと思うたわい……」
床に引き摺られて砂埃を被ったサキさんは、左手で俺の胸を掴みながら言う。
「…………」
俺はすぐに払いのけようとしたが、サキさんの手が震えているのを感じたので、そのままにしておいた──。
「それにしても、何だったんだ今のは?」
「サキさんが引きずられた瞬間から、床全体に魔力を感じ始めたわ。これは……」
「フロア・イミテーターの一種でしょうか? 触手のようなもので獲物を引きずり回して、十分に弱らせてから、床の底へ引きずり込むんだと思います」
古代の魔術師が作った遺跡や迷宮には、魔法の力で命を与えられた、仕掛けや罠が存在する。
代表的なものは、ガーゴイルとか、各種のイミテーターだと思う。
中には、宝箱に擬態したイミテーターもあるらしいから、質が悪いな。
「床の上に立たないと反応しないのかな? グレンはずっと飛んでいたから、イミテーターに気付かれなかったんだな」
「バラバラの骨が床に散らばっているのも、部屋中を掻き回した結果ですね」
「……それで、どうするのだ?」
俺とユナの二人で、イミテーターについて分析していると、すっかり落ち着きを取り戻したサキさんが聞いてくる。
気分が落ち着いたのなら、先に左手を退かせと目配せする俺に、サキさんは短く鼻を鳴らす。
「これはしたり。道理でブヨブヨしておったわい」
か、可愛くなーーーーっ!!
「どうするんですか? 遊んでないで考えてください」
ユナの言葉が刺々しい。
そして、俺だけ揉まれ損の流れ。こんちくしょう。
で、どうするのかと聞かれたら、このまま蓋をして帰るか、フロア・イミテーターを機能停止させるかの、どちらかだろうな。
「後学のために破壊しよう。ここで対処法を学んでおけば、別の古代遺跡で遭遇したときに役立つかもしれん」
俺はフロア・イミテーターの破壊を提案した。