第327話「ダレンシア王国への道②」
──翌朝、いつもなら、朝食を終えるとすぐに帰るはずのエミリアが、咳ばらいを一つして立ち上がった。
「トマトはダメだからな」
「…………」
エミリアが口を開くよりも先に、俺は釘を刺す。
「聞くだけならいいんじゃない?」
「ですよね? そうですよね? では、お言葉に甘えて──」
ティナが助け舟を出した瞬間から、エミリアのプレゼンテーションが始まってしまった。
「今回用意したのは簡易的な地図ですが、私たちが目指す場所はここ、大陸の南西に位置する『ダレンシア王国』になります」
「オルステイン王国はどこですか?」
「オルステイン王国は、大陸の北西ですね。王都があるのはちょうどこの辺りで……」
冬でもトマトを仕入れることが出来るのは、ダレンシア王国という、西大陸の一番南にある王国だ。
対して、俺たちが住んでいるオルステイン王国は、西大陸の一番北側にある。
つまり、大陸を縦断しないと辿り着けない場所、それがダレンシア王国だ。
「南の国から行商はないんかの?」
「夏の間はあるのですが、冬場は殆どありませんね。というのも、オルステイン王国とダレンシア王国の間には、バハール地方と呼ばれる広大な草原地帯があるのですが、この地方では様々な部族が入り乱れた生活をしているので、文字通り一直線に縦断することは難しいのです」
バハール地方と呼ばれる広大な草原地帯は、夏の間は雨期が訪れ、冬になると乾期に変わる特性がある。
ここで暮らす人間の殆どは遊牧民族で、夏は一つどころへ留まり、冬になると一斉に移動を始めるのが特徴らしい。
国としての機関は存在しないが、各部族が独自の社会を形成しているので、バハールの草原を安全に縦断したい場合には、友好的な部族のテリトリー同士を線で繋ぐ必要がある。
逆に言えば、各部族が移動している冬の間は、どこにどんな部族がいるのか全く把握できなくなるため、不幸にも歓迎されていない部族と鉢合わせをした場合、難しい対応が求められるそうだ。
中には野盗紛いの部族もいて、毒を塗った武器で獲物を付け狙うこともあるらしい。
「ダメだな……」
「何が飛んでくるかわからない所は怖いですね。外部の人間が立ち入らない限り、無用な争いは起きないのでしょうから、わざわざ行くべきではないと思います」
「うむ。命を賭けてまで、行く価値は無かろうの」
俺とユナとサキさんが一斉に反対すると、エミリアはテーブルに突っ伏した。
「ねえ、草原地帯を迂回するルートはないの?」
「ないんですよ。バハール地方の東には『ボルゴナ王国』という、周りを険しい山脈で囲まれた国があるんですけど、ボルゴナ王国へは、ダレンシア王国から北上するルートしかありません……」
「通り抜けできないのか。じゃあ、ボルゴナ王国をまたいで、さらに東から迂回できんのか?」
「ボルゴナ王国にそびえる山脈の向こう側は、全く雨が降らない土地で、一年中、乾燥しているんです。水不足は私たちの障害になりませんが、かなり危険なモンスターが生息しているのと、移動にかかる日数が、現実的では無くなってきます」
迂回ルートもダメじゃないか。
エミリアに激甘の学院長先生に頼んで、こっそりダレンシア王国までテレポートさせて貰うとかできないのかな?
まあ、そんなことがまかり通ったら、それはそれで問題だと思うけど。
散々エミリアにごねられたものの、この場では、現実的に難しい提案は受け入れられないという結論に落ち着いた──。