第325話「雪と植物の精霊力」
ユナとサキさんはそれぞれの作業を始めたが、まだ夕食の支度をするには早すぎるティナと、元々やることのない俺は、家の周りの雪かきをすることにした。
最近はティナが一人で雪かきをしているのだが、魔法を使ったにしても、完璧すぎる除雪が行われているので、一体どんな魔法を使っているのか、正直興味があった。
「特別な魔法は使ってないわ。土の魔法で地面に穴を掘ることが出来るけど、その土はどこへ消えるのかを考えていたら、偶然できたのよ」
魔法を使って散々地面を掘った俺だが、掘ったときに消える土のことまでは、考えるに至らなかった。
魔法なんだから、そういうものだろうという、純粋な思い込みがあったと思う。
「結局、消えた土は精霊力になって四散するけど、ある程度時間が経つと、自然と元の場所に集まってきて、魔法で掘った穴も塞がっていくのよ」
そうだったのか。
掘った穴は、外周を石化の魔法で固めたり、自前で埋めたりしていたから、今まで気付かなかった。
ティナはティナで、色々研究しているんだな……。
「雪も同じように、魔法で精霊力に変えてしまえば簡単に消せるわ。放っておくと元の雪に戻ってしまうから、その場で精霊石の中に封じ込めてしまえば……」
「なるほど。そういう事か。じゃあ、さっきの地下水も、精霊力に変換してしまえば解決したのかもな」
「あっ……」
今頃は水の汲み上げ業者に依頼を出しているであろう、ガウロンには少し悪いことをしたなと感じたが、あの場で思い付かなかったものは仕方がない。
とりあえず俺は、ティナが魔法で除雪する方法を、見学することにした。
「空っぽの水晶玉を用意して、自分の周りの雪を魔法で消し去ってから……」
ティナの周りにある雪が、風に吹かれて掻き消えたかのように蒸発する──。
「精霊力を感知すると、雪の精霊力が拡散していくのがわかるから、わたあめを絡めとるようなイメージで……」
──ん?
「……はい。これで除雪できたわ。魔法で雪を消すのと、雪の精霊力を捕まえる作業は、殆ど同時にやらないと取り逃がすから、練習しないと難しいわね」
ティナの周辺は、初めから雪なんて降らなかったかのように、完璧な除雪が行われている。
そして俺は、ティナから雪の精霊石を受け取る……。
「………………」
水とも氷とも違う、何とも微妙な感覚だと思ったが、純度の高い精霊石から伝わってくる雪の精霊力に意識を傾けると、この感覚が雪の精霊力だと認識することができた。
エミリアから教わった精霊力は、火・水・土・風の四元素、光と闇、生命と精神、そして雷と氷の十種類だ。
この十種類は、魔術学院が独自のルールで定めた精霊力の種類だから、それ以外の精霊力も存在している。
ただ、学院が定めていない精霊力ということは、例えば存在が不安定で、扱うのが危険だったりするのではないか?
今手にしている雪の精霊石からは、特にヤバそうな気配を感じないが、これはエミリアに相談した方がいいような気もする。
「例えば、植物の精霊力もそうだけど、人によっては感じ取れない精霊力を排除した結果、今の十種類に絞り込まれたんじゃないのかしら?」
「うーん……」
植物の精霊力も、今初めて聞いた。
少し前の話になるが、花壇の花が落雪で押し潰されたとき、その植物から未知の精霊力を感じたが、あの時は、正体不明の精霊力には手を出さない方向で話を終わらせていた。
あの感覚が植物の精霊力だろうか?
「安定して扱えているから、大丈夫だと思うんだけれど……」
「魔法に慣れてきたっていう慢心があるかもしれん。やっぱり怖いから、今日の除雪は中止だ。一度エミリアに聞いてからにしよう」
俺がそう言うと、ティナからは特に反論もなく、今日の除雪は取りやめになった。
やはり、魔法という人智を超えた力に対して、油断したり、警戒の念を解くのは危険だと思う。
家の中に戻った俺とティナは、特にやることもないので、サキさんの燻製作りを手伝うことにした。
サキさんの燻製作りを散々手伝ったあと、ティナが夕食の支度を始めたので、俺も洗濯物を片付ける作業を始めた。
広間の暖炉前で、取り込んだ洗濯物を畳んでいると、いつの間にか現れていたエミリアの姿が視界に入る。
相変わらず、いつ現れたのかわからなかったが、それはいつもの事だ。
さっそく俺は、先ほどの精霊力について、いくつか質問することにした。
「エミリア、基本的な精霊力以外に、例えば、雪とか植物の精霊力を認識できるとしたら、それらを魔法で扱うことは可能なのか?」
「十種類の精霊力以外にですか? 過去にいくつかの前例はありますが、仮に使えたとしても、極めてまれな事例だと思いますよ」
「やっぱりそうなんだ」
「人間が間違いなく感知できるのは、万物の基礎となる十種類の精霊力ですが、魔術師の本分は『魔力』を源とする魔法ですから、敢えて難しい種類の精霊力を研究する魔術師が、殆ど居ないという実情もあります」
何にでも自由に変換できる魔力を扱えるようになれば、わざわざ難易度の高い精霊力に手を出す意味が無くなるということか……。
「つまり、単純に難易度とか、個人差の問題なんだな?」
「そうですね。最も扱いが簡単なのは十種類の精霊力と言われていますが、それ以外の精霊力は感知が難しすぎて、どちらかと言えば、エルフ族や精霊術師の領分になります」
エミリアの説明では、十種類の精霊力は、いわゆる原色に近い感覚だから、魔術師の素養さえあれば、誰でも感じ取ることができるらしい。
確かに、初めて偽りの指輪を使った時でさえ、俺は何の訓練もなしに、風の精霊力をはっきりと認識することができた。
俺とティナがごく自然に、雪や植物の精霊力を認識できたのは、この世界の人間とは違う感性を持っているとか、そういう些細なきっかけが原因かもしれないな。
問題の危険性についてだが、きちんと認識できているなら、特に問題は起こらないそうだ。
これは魔力についても同様で、術者の認識が曖昧な状態で魔法を使う行為は、魔法を暴走させる原因になるらしい。
最初に認識しやすい精霊力で魔法の練習をするのは、認識不足による暴走の危険性を排除する意味があることを、俺はここで初めて知った。
それから俺は、今日の冒険で起きたことをエミリアにも報告した。
「あの辺りは昔から治水が進んでいませんし、全体的に窪地なので、雨期になると浸水するエリアも出てきます」
「街の中に川を引いている辺りは、洪水の跡が凄かったな……」
「地下水も豊富なので、どこを掘っても井戸になるくらいですよ。あの地区では土台の嵩上げをして、十分に高い位置から建築する工法が使われていますね」
王都の北西側にある建物は、土台の部分が立体パズルのように重なっているが、浸水や地下水を避けるための工夫だったようだ。
そのおかげで、トンネル状になった通路があちこちに出現して、ちょっとした巨大迷路になっているわけだが。
「てことは、地下室や階段の隙間から水が流れ込んで、地下水の水位まで浸水してるってことかな?」
「恐らくそうでしょうね。水が澄んでいるということは、水の流れが止まっていない証拠ですし、明日中にポンプで汲み上げたとしても、その翌日には浸水が進んでいると思います」
それは難儀だ……。